252話・英雄ミウラサキをおもてなし
かくしてミウラサキを歓迎する宴が開かれることになった。
彼のスタッフである測量士たちの到着を待って、集会場で行われる予定だ。
その間、俺たちは宴席の準備を行う。
俺は会場の椅子を、役場の職員たちと並べていく。
レモリーとエルマは屋敷に戻り、魚面を呼びに行っている。
ギッドは畜産ギルドに食材を取りに行ったようだ。
「役場の皆さんにもお手伝いしていただいて、助かります」
「まさか領主さまの旦那さんがドン・パッティ商会の御曹司を連れてくるとは思いませんでした」
「……率直に言って、マズかったですか?」
「いかんせん大物すぎますから、事前に言って欲しかったです」
「……すんません」
俺は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「英雄をもてなすからには、それなりの獲物を用意しないといけませんよ!」
颯爽と現れたギッド。
腕まくりをして、台車に乗せた鹿や羊肉を運び込む。
そして鉈のような肉切り包丁を手にし、手際よくさばいていった。
料理もできるんだ、この人。
クールなメガネ男子は料理も得意。何だかすごくモテそうな気がする。
事実、サポートする女性の役人たちの目がハートになっていた。
一方、農業ギルドのおじ様たちも負けてはいない。
「ボス、どうしやしょうか?」
「活きの良いのは洗い鯉にする。あらは濃漿だ。ボサっとしてねえで水をくんで来い! 湯を沸かせ!」
「合点しやしたボス」
クバラ翁は鯉のような魚をまな板の上に乗せた。
まず魚を叩いて気絶させた後、活締めをする。
そして見事な包丁さばきでウロコを落としていく。
身を三枚におろし、湯通しして、冷水でしめたら鯉あらいの完成だ。
桃色と白身のコントラストが何とも食欲をそそる。
余ったあらの部分は、部下たちがざっくりと輪切りにしていく。
熱湯を回しかけて、脂や血を取り除いた身を煮込む。
他に生姜やゴボウのような根菜類を具材として使っていた。
臭みを消すためにハーブのような香草も使う。
鯉こくのような料理だろう。
ギルドの者がていねいにアクを取りながら煮込んでいる。
しかも鯉料理というところに、元の世界では日本人だった男の粋が見え隠れする。
それにしても、農業ギルドの面々は、どう見てもマフィアか傭兵団のようにしか見えないのだが。
「ボクも何か手伝いましょう!」
「やめてください。魔王を倒した英雄様が、とんでもないです」
英雄ミウラサキも椅子の設置を手伝おうとして、役場の人たちに止められている。
彼は椅子に座り、いい笑顔で貧乏ゆすりをしていた。
◇ ◆ ◇
歓迎の宴が始まったのは、小1時間ほど経ってからだった。
俺とエルマとミウラサキが、長テーブルの奥の席に座る。
その両脇にレモリーと、測量士5名。
ギッド、クバラ翁たちは末席の方に座る。
他の職員やギルド関係者は別テーブルだ。
「レモリー、魚面は来ないのか?」
「はい。お誘いしたのですが、こうした場は苦手だと仰いまして……」
「お魚先生は大がかりな召喚術を準備中だそうです。〝頬杖さん〟に手持ちの魔神と飛竜を倒されてしまいましたからね。戦力を補充するとか♪」
俺たちの会話を聞いていたミウラサキが、いい笑顔で話に乗ってきた。
「〝頬杖さん〟って、知里ちゃんでしょ。敵対してるの?」
「ミウラサキさん。ややこしい話なんだけど、そういう訳じゃないんだ。知里さんは最初からずっと俺たちの味方だ」
魚面の方が、かつて敵対していて、知里が俺たちを助けてくれたのだが、その辺りの事情は、どうも説明しにくい。
「彼女は味方か! よかったー。ボクらは彼女に悪い事をしたから、気がかりだったんだ。冒険者をやっているとは聞いていたけど、元気ならよかった」
「ええ。あたくしたちは何度も助けられましたわ♪」
「はい。小夜子さまとともに、私どもの命の恩人です」
ミウラサキは爽やかな笑顔で、うんうんと頷いている。
俺はうまく説明しようと考えていたが、その必要はなさそうだった。
「知里ちゃんとは最後まで一緒に戦いたかったけど、意見の違いで別れてしまったんだ。でも、今の話を聞いて安心したよ」
「……あの、皆さま。お話の途中、すみません」
俺たちが盛り上がっていると、助役のギッドが無表情で話に入ってくる。
「ギッドさん、何か?」
「直行どの。宴の挨拶と乾杯の音頭をお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「そうだったな。悪い」
ミウラサキとつい話が弾んで忘れてしまった。
俺は慌てて席を立つと、ギッドのところへ行った。
「段取りはどうする?」
「自分が進行役を務めます。直行どのは名前を呼ばれましたら、起立して挨拶をお願いします。続いてミウラサキ公爵をご紹介ください」
「了解した」
ギッドとの段取りを終え、俺は席に戻った。
…………。
…………。
俺は宴が始まるタイミングを伺っているが、一向に始まる様子はない。
ミウラサキ付きの測量士たちがざわつく声が聞こえる。
クバラ翁は姿勢を正しているが、他の農業ギルドの幹部たちはニヤニヤ笑っていた。
ギッドは涼しい顔で俺たちの方を見ている。
何だ、これ。
どういう事だ?
俺はギッドに視線を送るが、軽く流されてしまった。
このままでは料理も冷めてしまうし、事態の収拾がつかない。
故意か?
自分が進行役を務めますって言ったのに……。
俺は立ち上がり、ギッドからの合図という段取りを飛ばして、挨拶を始めることにした。




