251話・直行の機転
ロンレア領都(都と言うより、ほぼ村だが)の役場では、2人の若いイケメンが火花を散らしていた。
「ドン・パッティ商会の御曹司殿が、このような辺境に何の御用ですか?」
「測量をしに来ましたー」
正確には、茶色のベストが似合う眼鏡の男が、一方的にレーシングスーツの男を問い詰めている格好だ。
だが英雄ミウラサキは、問い詰められても人の好い笑顔を崩さなかった。
ファイヤーパターンのレーシングスーツが異世界ファンタジー風の世界観に違和感たっぷりで、どこか間の抜けた印象は否めないが顔立ちは整っている。
「測量? それは私共ディンドラッド商会の管轄です。いくら魔王を討伐した一代侯爵といえども、商売の筋は通していただく。貴方も商家のお生まれなら理解できましょう」
「そうなんですけどねー」
シャープな顔立ちのギッドに対して、ミウラサキは甘く柔らかな印象だ。
そんな外見の通り、ギッドはお堅く、ミウラサキは穏やかな性格なのだろう。
「仲間の小夜子ちゃんとヒナっちから、直行クンの面倒を見るように言われてますしー、とりあえず現場の下見だけはさせてくださーい」
ギッドの敵意が向けられ、緊迫した状況の中でも、マイペースに対応している。
「…………」
ギッドは明らかにやりにくそうだった。
本人の口から、勇者自治区ナンバーツーに頼まれた話をされたら、商売の話から外交問題に移行してしまう。
ディンドラッド商会から出向しているギッドは、ロンレア伯から領地運営を委託された責任者だ。
現在は俺たちの助役的な立場を担っている。
領地運営の権限は託されているものの、さすがに外交上の権限までは持たされていないだろう。
この場合、外交関係の決定権を持っているのはロンレア伯。
そして伯爵から全権を委託されたエルマと俺だ。
もちろんミウラサキには、そういう腹づもりはなさそうだ。
天然そうに見えて意外と策士……とも思えない。
「直行どの。話が違いませんか? われらディンドラッド商会の雇用継続を条件に、直轄統治をなさる約束だったではありませんか。これでは約束が違います」
ギッドは今度は俺に詰め寄ってくる。
「約束、か……」
地味にここは難しい局面だ。
〝ディンドラッド側が収穫高を誤魔化しているんじゃないか? だから外部の人を呼んだんだよ!〟などと率直に言えば、ロンレア家とディンドラッド商会が築いてきた信頼関係を壊してしまう。
それは、避けたい。
一方で、勇者自治区から受託したスキル結晶の量産化計画を、ディンドラッド側に打ち明ける訳にはいかない。
勇者自治区の軍事力にかかわる最高機密だ。
しかし、突然工場を建てたら疑われるに決まっている。
…………。
そこで俺は、こう誤魔化すことにした。
「ギッドさん。木とか草から羊皮紙に似た用途のものが作れるってご存じですか?」
「……は? 木や草から羊皮紙が作れる、ですって?」
「いやいや、羊皮紙は作れませんよ。動物の皮じゃないから質感とか全然違いますが、ものを書きつけることができるものです。製造するときに異世界の技術をちょっと使いますけど。そんな製紙工場をわがロンレア領に造るという約束を、ヒナ執政官と取り決めましてね」
もちろん取り決めなど出まかせだ。
ただし事後報告で製紙工場を建設する必要があると訴える。
スキル結晶の生産は、その施設の地下か隠し部屋で行えばいい。
「なるほど、動物からよりも大量には作れそうですね……」
「その通り! 羊皮紙は高価ですが、木や草で作れば1枚の値段も安くできますよ。なかなかいい事業でしょう。これを自治区に売って大儲け」
砂漠と湖に面する勇者自治区が、森林地帯もないのにどうやって紙を調達しているのかは分からない。
葦からパピルスみたいなものを作るか、ひょっとしたらコピー用紙の束でも現代から召喚しているのかも。
幸いロンレア領は自然豊かだ。
樹木も草も、原料になるような植物がたくさん育つ。
俺は、悪い顔でギッドに囁いた。
「これは内々の話なのですが、勇者自治区とわがロンレア領とは対等な同盟関係を築こうと思っています。そこで、両者が共同出資して、我らが領地にまずは製紙工場、ゆくゆくは段ボール工場を建設したい!」
「……段ボール? 何のことを言っているのか全く分かりませんが、外交問題は当商会の管轄外ですので、私からは何も申し上げられません」
ギッドは忌々しそうに呟いた。
一方、驚いていたのはミウラサキだ。
「え? そんな話あったんですか?」
「ミウラサキ一代侯爵は、その場にいなかったから聞いてないだけですわ♪ 帰ってヒナさんに確認を取ってくださいませ」
すかさずエルマがフォローする。
ナイスだ鬼畜令嬢。
「共同出資で工場を建設する手前、自治区の測量士が調査をするのは、外交上どうしても避けられないでしょう。ディンドラッド商会側のメンツを潰すつもりは毛頭ありませんので、ご了承ください」
今回の経緯を手紙に書いてヒナちゃんに渡さないといけないが、この場はうまく収まった。
問題は事後報告の製紙工場を彼女が承認するかどうかだが、スキル結晶の量産化は自治区の最優先事項。
彼女としては、この案をのむしかないだろう。
ギッドもまた、思うところはあっても、立場上この件に口は挟めない。
「分かりました。当商会としては、領主さまの客人であられる英雄カレム・ミウラサキ一代侯爵をおもてなしする事に全力を尽くします」
「宴会ですか? ヤッホーイ!」
当のミウラサキは、能天気に歓声を上げた。




