250話・爆走! ミウラサキ
待ち合わせ場所のドン・パッティ商会の門前には、ワーゲンバスを模した自動車が2台止まっている。
1台目はフラワープリントがド派手なヒナ・メルトエヴァレンス・カスタム3号機。
2台目はミントグリーンとホワイトの優しい色合いの仕様。
俺とレモリーはエルマと合流し、車の前でミウラサキを待っていた。
「お坊ちゃまはもうすぐ来られますので、しばらくお待ちくださいませ」
ここには以前、一度だけ来た事があり、門番に追い返された苦い記憶がある。
まあ俺が転生者ミウラサキの本名を知らなかったのが悪いのだが……。
その門番は、今回すごく丁寧に接してくれた。
なのにエルマは俺の隣でいらんことを言う。
「ミウラサキ一代侯爵は遅刻ですか? のろまのせっかちと自称しておりましたが、本当なんですね」
「エルマ! 門番さんの前で、そういうこと言うなよ」
エルマにヒヤヒヤさせられるのも毎度のことだ。
「それにしても直行さん。今回の件は少し、軽率ではありませんか?」
「何がだ?」
「わがロンレア家代々の取引先はディンドラッド商会ですわ。そこに、ライバルの商会を入れるのは大丈夫なんですかね? ましてやミウラサキ一代侯爵は転生者で、英雄でもありますわよ?」
エルマは保守派の貴族の娘として、転生者ミウラサキとの接触を以前から警戒していた。
自身も転生者であることを秘密にしているのだから、なおさらだろう。
「ヒナちゃんの口利きでドン・パッティに測量を依頼する流れになってしまったが、もちろんディンドラッド商会と仲良くやっていくのは絶対条件だ。ディンドラッドが誤魔化しているにせよ、いないにせよな」
ミウラサキと合流した俺たちは、一路ロンレア領へ。
キャメルが従者として伯爵邸に残ってくれたおかげで、レモリーも俺たちに同行することができた。
◇ ◆ ◇
「ヒャッハー!」
ミウラサキは世○末救世主伝説でお馴染みの奇声を上げて、レトロバスを爆走させている。
自動車のありがたみを痛感した旅路だった。
しかも自動車を運転するのは魔王を倒した勇者パーティのミウラサキ本人という、無駄に豪華な面子だ。
「危ないっ! 前方に馬車が!」
「大丈夫。ボクの能力なら問題なく避けられるよ」
一瞬、ミウラサキの身体が光り、それはバス全体を覆った。
バスに乗っている俺からは、馬車や通行人が超スローモーションに見える。
しかし速度計は最高時速を指しており、こちらの速度が遅くなっているわけではなさそうだ。
相手の速度が極端に遅くなっている中を縫うようにかわしていく。
とある西部劇の洋ゲーのデッ○アイのような能力と言っても、分かる人は限られてしまうか。
最高速度で街道を疾走しながら、対向車(馬車や通行人)は自身の時間操作スキルで回避するという、チート能力を駆使している。
「直行さん。ミウラサキ一代侯爵、ヒャッハー!って言いましたわね♪」
「ああ。世界を救った奴の奇声とも思えないな」
俺とエルマは後部座席で、ミウラサキの奇声について論じた。
「はい。何という速度でしょう。聞きしに勝る『速度の王』の能力。凄まじいですね」
普段は冷静沈着なレモリーが、心の底から驚いているようだ。
レモリーは自身が経験したことのない速度の領域に、膝を震わせている。
「お疲れだったら言ってください。休憩しますけど?」
バスを爆走させながら、ミウラサキの表情は涼しいものだった。
集中力の持続も凄まじい。
これが、魔王を倒した勇者パーティの能力……。
「でも、どうしてミウラサキ氏は測量を?」
そんな凄い人物が、なぜわざわざ測量に来てくれるのか?
しかも俺たちはほぼ初対面と言っていい。
いくら小夜子とヒナちゃんのツテがあるとはいえ、大物すぎる。
まあ、それだけスキル結晶の量産化が勇者自治区にとっては重要なことなのだろうが……。
「ボクの前世の実家が測量士事務所だったんですよ。ただ、それだけです」
「なるほど♪ ミウラサキ一代侯爵の前世は測量士だったんですね♪」
「いや、ボク資格は持ってなかったんです。だからスタッフと一緒に来ました」
「お、おう……」
実はバスはもう1台あって、後ろに続く車にはミウラサキの部下の測量士たちが同行している。
こちらは当然、「時間操作」スキルなんて持っていないので、時速40キロ前後で安全運転を心がけるそうだ。
「車の走行実験も兼ねていると言いましたよね。そしてヒナっちに頼まれたから同行した。ボクに裏はありません。信じてください」
ミウラサキは屈託のない笑顔を見せた。
確かに彼には裏はなさそうだ。
あるとすれば、ヒナちゃんの意図だけだろう……。
トンネルを抜けた自動車は、ロンレア領に入った。




