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249話・炊き出しと宴会

「若旦那。アナタの監視役も兼ねて、ロンレア家執事のお仕事を務めさせてもらうワ」


 キャメルは不敵に笑って、俺に〝握手〟を求めてきた。

 手の甲と甲を合わせる、こちらの世界流の握手を交わす。


「ああ。よろしく頼む」


 俺は、スキル結晶の量産化の話は出さなかった。

 勇者自治区とロンレア領の政治的な最高機密だからだ。


 キャメルが最終的に敵になるか味方になるかは分からない。

 ただ、現時点では貴重な情報通の従者だ。

 彼女がいてくれるだけで、レモリーをフリーにさせることができる。


「キャメルにはロンレア伯の従者たちを集める仕事を引き続きやってもらう。人材が集まって手が空くようなら、ロンレア領にも顔を出しほしい」

「了解」

「で、往来の合間にディンドラッド商会、並びにギッドについての情報も集められたら頼む」


 ギッドについて、少しばかりの情報は得たものの、もう少し踏み込んだ個人的な情報も欲しい。

 たとえば、両親や経歴。評判なども把握しておきたい。

 旧王都でのキャメルの人脈を使えば、それも可能だろう。


「OK任せてネ」


 俺は3人分の支払いを済ませて、BAR『異界風』を後にした。


 ◇ ◆ ◇


 俺とレモリーはスラム街まで歩いてきた。

 ミウラサキ、エルマとの待ち合わせまで後2時間ほどあったので、炊き出し事業の様子を見ておこうと思ったのだ。


挿絵(By みてみん)


「ん? 何をやっているんだ」


 炊き出しが行われているはずの公衆浴場の隣では、宴会が行われていた。

 大鍋を囲んで、楽しそうに騒いでいる。 


 孤児院を営む元・魔王討伐軍のカーチャを中心に、知っている顔が何人かいた。

 

「そーれ! おかわり、おかわり」

「おい酒もっとねえのかよ」


 人数は数十人といったところか。

 皆、若い男女だった。

 どちらかといえば、荒くれ者が多い印象だ。

 子供を連れている者もいるが、酒を持参して飲んでいる者もいる。

 大声で騒ぐだけに収まらず、上半身裸で踊る者もいた。


「あら、直行ちゃん。久しぶりねー」 


 俺に気づいたカーチャが、声をかけてくれた。

 彼女は南国育ちを思わせるような健康的に日焼けした肌で、とても肉感的だ。


「これは……炊き出しじゃない……だろ?」

「何を言うんだい。見ての通り、炊き出しをやってるよ。貴族から食べ物をもらってるんだから、皆して食べたり飲んだりしてるのさ」


 そう言って陽気に笑った。


 しかし、俺の感覚では単純に仲間内で騒いでいるようにしか見えない。

 小夜子がやっていた炊き出しは、1人につき1杯の決まりで、スラム街の住人全員を対象に、1日数百人に食事を提供していた。


「……小夜子さんから、炊き出しの手順とか聞いてない?」

「聞いてるけど、盛り上がった方が楽しいさね。この方が手伝ってくれる人も多いんだよ」


 だが、これでは常連の十数人が宴会をしているに過ぎない。


「カーチャ。気を悪くしたらゴメン。うるさい事を言うつもりはないんだけど、これって仲間内だけのイベントに思えるんだ……」

「そうさ! 皆、仲間! ワタシたち皆、オープンだよ! お腹が減ってる人がいたら食べさせる。だから知らない人でもジャンジャン声かけてきてほしいのさ!」


 カーチャは悪びれもせずに言った。

 

「下町は寄り合い所帯さ。助け合いながら生きていく。ハイハイ皆、こちら被召喚者の直行ちゃん」

「チーっす」

「うっす」

「しゃーっす」

 

 皆、見た目通りのくだけた挨拶だった。

 貴族っぽい衣装の俺に警戒しているようで、どこかよそよそしい態度だ。


「直行ちゃんは、お小夜ちゃんともお友達だから、優しくしてあげなさいな!」

「チース」

「兄さん、すげえ別嬪(べっぴん)さん連れてますね」

「別嬪さんも、どうぞ座って一杯やりましょう」


 宴席の男女は、カーチャの言を受け、少しだけ態度を軟化させたようだ。

 俺とレモリーに対し、茣蓙(ござ)の上に座るように手招きする。


「はい。いかがなさいますか、直行さま」

「…………」


 茣蓙の上では、泥酔した男女が何人か、だらしのない格好で横になっていた。


 この有様を小夜子が見たら、どう思うだろうか……?

 俺は、首を振った。


「せっかくだけど急いでるんだ。カーチャに小夜子さんからの伝言を伝えたら、行くとこがあるから」 

「そうかい?」


 俺は、小夜子から言付かった「ネンちゃんを勇者自治区の学校に入れたい」という旨を伝えた。


「ネンちゃん。ハーフエルフの小さな()だね。そういやあの子、最近見ないねえ」

「見かけたら、孤児院で保護して、ロンレア領の俺のとこまで手紙を寄越してくれ」

「わかったよ!」

「あの()は、俺の命の恩人でもあるので、頼む」


 俺とカーチャは手の甲を合わせる〝握手〟を交わして、その場は分かれた。

 レモリーは皆に一礼して、俺の後に続いた。


 ◇ ◆ ◇


 スラム町から、待ち合わせ場所の貴族街までの道すがら。

 俺の足取りは重かった。

 先ほど目の当たりにした宴会に、少しガッカリしたのだ。


「……このことを小夜子さんに報告したら、炊き出しは人任せにできない、なんて言われそうだな」


 彼女は炊き出し事業と貧困問題を大真面目に考えて行動している。

 ビキニを着て慈善事業という、一見デタラメな活動内容にも思えるが、本人は真剣だ。

 本気でこの世界から貧困をなくそうと思っている。


 ……。

 俺の本心を言えば、小夜子の思想に、諸手を上げて共感しているわけではない。

 ただ、俺と仲間たちの命を救ってもらった恩があるし、約束もしている。


「炊き出しの事業化は、思ったよりも難しそうだな」



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