248話・俺とキャメルとレモリーと
「まさか出会ったその日に人事の大抜擢なんて、思いもしなかったワ」
BAR異界風で、キャメルは追加で頼んだカルーアミルク風のコーヒーリキュールに口をつけている。
俺は泡の消えたビールを飲み干して、新しいものを頼んだ。
「はい。私も驚きました」
「若旦那は決断が早かったワね。アタシを執事にするだなんて……後悔するかもよ?」
キャメルは肩をすくめて笑った。
「レモリーが信頼できると言った。それで十分だ」
「2人は、出会ってまだ2カ月でしょう? ものすごい信頼関係があるのネ」
「はい。何度も命のやり取りを経ているので」
「なるほど。戦友でもあるのネ」
サラッと聞き流すところだったが、彼女は抜け目がない。
俺とレモリーが出会って2カ月という事も知っている。
「俺とレモリーとの出会いについては、レモリーから聞いたのか?」
「いいえ。私はそこまで詳細には話していません」
「ロンレア家に異世界人の男が出入りしていると言う噂は、よく耳にしていたワ。実はアタシ、アナタからマナポーションを買ったのよ。覚えてないでしょうけど……」
……!
公衆浴場かどこかだろうか?
これほどの存在感ある人物ならば、覚えていても良さそうなものだが……。
「マナポーションでスキンケアという発想はステキね。アタシ、今も愛用しているのヨ」
キャメルはウインクして見せた。
この人の情報力は恐ろしい。
絶対に敵に回してはいけないタイプだ。
「若旦那! そんなに緊張しないでも大・丈・夫。アナタたちのやる事を否定なんかしないワ」
そうは言われても、俺は後ろめたいことを抱えている。
スキル結晶の量産化と勇者自治区との取引が知られたら、キャメルはどんな反応をするだろう。
エルマの秘密を平気で握っている彼女のことだ、政治的に俺たちが内密にしておきたいことも早々にすっぱ抜いてしまうに違いない。
早い段階で、信頼関係を確固たるものにしないと、危険かもな。
「恐れ入ったよキャメル。その事情通っぷりは、旧王都と田舎のロンレア領を行き来しながら、存分に発揮してもらいたい」
「アタシに任せてネ……と、言いたいところだけど、地方ではアタシみたいな女は、どうしたって色眼鏡で見られちゃうから、そこは適当にネ」
キャメルの社交性は良い潤滑油となるだろう。
「キャメル。特にディンドラッド商会との関係改善には、あなたの力が是非とも必要になるだろう」
「ロンレア領の運営代行はフィンフちゃんのとこのギッドちゃんね。なるほど、手強いわ」
キャメルの表情が少し硬くなった。
「どうも収穫高が誤魔化されているようなんだ。なので勇者自治区に測量ができる人を頼んだんだが……それがたまたま勇者パーティのミウラサキ氏でさ」
「よりによってドン・パッティ商会の御曹司ジルヴァンちゃんとはネ……」
「マズかったかな?」
「……微妙。ライバル同士でしょ?」
キャメルの顔が、さらに険しくなった。
「……っていうか、勇者自治区で測量頼んだだけで、どうしてたまたま英雄の一角なんていう大物が出てきちゃうワケ?」
「はい。それは直行さまが直接ヒナ・メルトエヴァレンスさまに頼んだからです」
「は? ヒナ執政官になんて直接会えるモノなの?」
「はい。お知り合いなので……」
「…………嘘……でしょ?」
キャメルの顔は、青ざめていた。
「……マズい、というか若旦那。貴族の領主が勇者自治区の高官と馴れ合うなんて、大変なことよコレ。レモリーちゃん、アナタ分かってるの?」
「いいえ……?」
レモリーは俺を見て、ただ目を輝かせている。
しかし、キャメルの反応に俺は不安になってしまった。
この人の立場や価値観がどこにあるかを把握せずに話し過ぎた。
軽率だったか。
反省しつつ、キャメルの立ち位置を聞いてみることにした。
「キャメルの立場的には、許しがたいものがあるのかな? 率直な意見が聞きたい」
俺はキャメルの目を見た。
「……どうもこうもないワ。エルマお嬢ちゃんが逮捕され、異界人の若者が錬金術師を伴って法王庁に乗り込み、決闘裁判で勝ったという話は聞いてたワ。でも、アナタ。勇者自治区の手の者? まさかロンレア領を勇者自治区の飛び地にしようっていうの?」
まあ、普通に考えたら、そう懸念するのも当然か。
「いいえ。違います。直行さまは……」
「俺は異界人だが、勇者自治区の誰とも個人的な付き合いはない。勇者パーティ関連なら小夜子や知里と親しいが、自治区の要人ではないし。自治区は単なる取引先にすぎない。錬金術師ともそう。それと、実は法王庁にもツテがある。非主流派の司祭だけどな」
「……ほ、本当に?」
キャメルは目を丸くしていた。
コーヒーリキュールを口につけたまま固まっている。
「こればかりは信じてもらえるようにお願いするしかないが、俺の目的は金もうけだ。それでロンレア領を豊かにする。自治区のような極端な異界趣味にするつもりはないが、領民の安全保障と生活水準を上げる事は領地経営者としての責務だと思っている」
「はい。直行さまに嘘偽りはありません、キャメル」
「それと同時に、旧王都で炊き出しをやっている小夜子さんとの約束で、下町の貧困問題を解決しなくちゃならない」
「……あのビキニ鎧着たナイスバディのハレンチ娘は、本当に勇者パーティの一員だったのォ~?」
彼女の情報網は、意外なところに穴もあるようだ。
「とりあえず俺の政治的なスタンスと、目的は話した通り。信じるかどうかはキャメル次第だ。納得がいかないようなら、この話は白紙で構わない。どうする?」
俺は試すようにキャメルに言った。
彼女は、少し困惑しながらも頷いた。
「どうやらアタシは、とんでもない歴史の転換点を傍で見ることになりそうネ……」




