247話・従者キャメルとレモリー
錬金術師アンナ・ハイムとの交渉は成立した。
一仕事終えた俺は、久しぶりにBAR異界風へと向かった。
◇ ◆ ◇
BARの窓越しに、レモリーが見知らぬ男と談笑しているのが見える。
俺は胸がザワついた。
慌てて店内へと入る。
足早にレモリーの席に向かった。
体格のよい男の背中ごしにレモリーの笑顔が見える。
レモリーが俺に気付いて手を挙げた。
彼女と親しそうに話していた男が振り向いた。
顔は直視できなかった。
正直、自分に嫉妬の感情があるとは思ってもいなかった。
まともに女性と交際したことのなかった俺にとって、今の気持ちが嫉妬であるかどうかもよく分からない。
「レモリー。そちらの方……は?」
やっとまともに顔を合わせると、大柄な男に見えたが、目蓋や唇に化粧をしていた。
襟の大きく開いたスーツのような衣装に、ヒールの高いアンクルストラップのパンプスにも似た、洒落た靴を履いている。
「はい。紹介いたします。こちらはゴンギヨルド・ブランギ。私と共に長年ロンレア家の従者を務めていた者です」
「ハ・ジ・メ、マシテ☆ アタシのコトはキャメルって呼んで頂戴ネ。優雅なラクダが大好きなのヨ」
「九重 直行です。今はエルマと共にロンレア領の共同統治をやっています。お見知りおきを」
初対面の挨拶で、彼は本名ではなくキャメルと名乗った。
この世界にラクダがいることにも驚いたが、一瞬で心の距離を詰めてくるキャメルの笑顔にも驚いた。
「あらー、思ったより若くていい男じゃない。お噂はかねがね。ブイブイいわせてる異界人の若旦那ネ。あっちの方も凄いんですって? ウフフ嫌ねえ。レモリーちゃんがうらやましいワ」
「いいえ。わ、私はそのような事は伝えていません!」
「ロンレア家の騒動は有名なのヨ」
キャメルと自称した彼は、体をしならせながら礼をした。
優雅な身のこなしと、堂々とした体躯のギャップに俺は面食らったが、どうやら話しやすい人柄のようだ。
とりあえず俺たちはテーブルを囲んで食事をとることにした。
俺は獣肉バルとドライ風ビール。レモリーも同じものを頼む。
キャメルは温野菜に白みそドレッシングをかけたものを頼んだ。
料理が来る間、俺たちはこれまでの経緯を挨拶程度にザックリと話した。
もちろん初対面でスキル結晶の量産化などの込み入った話はできない。
手探りで、人間関係の落としどころを探る。
「レモリーの後任は、こちらのキャメルさんが?」
「はい。彼女を起点に、散り散りになったロンレア家の元従者を再雇用する方向で話を進めています」
「任せて頂戴」
彼、いや彼女はニッコリと笑った。
「レモリーはキャメルさんを信頼しているようだな」
「はい」
「……付き合いは長いのか?」
俺はドライ風ビールを一口飲んで、レモリーに聞いた。
キャメルは少し緊張している様子だ。
「はい。奴隷として買われ、従者となったばかりのころ、私は周囲から辛く当たられることもありました。そうした中でキャメルは、私に対して分け隔てなく接してくれました」
「……なるほど」
俺は短く相づちを打った。
「俺には奴隷がこの世界でどのような立場に置かれているのかよく分からないが、立場を越えて分け隔てなく接するというのは、どんな世界でも簡単なことじゃないよな」
「はい。それだけではありません。彼女はエルマお嬢様の秘密を知っています。しかしながら今の今まで秘密が漏れた形跡はありません」
「だって女には秘密がつきものですもの。愛する女の謎を暴くのは、その人と愛し合う方だけの特権ですワ。ネ?」
キャメルは俺に、意味ありげにウインクした。
「……なるほど、よく分かった」
「あら? 愛し合ってもいないのに、アタシの事が分かったなんて早計じゃなくって?」
白みそドレッシングをかけた温野菜を、優雅な手つきでナイフとフォークを使って食べるキャメル。
「キャメルさん。あなたには、ロンレア家の筆頭従者を頼みたい。ロンレア伯夫妻の身近で尽くして、支えてあげてほしい」
「ええ、モチロンよ。でもそんな重要な人事、即決しちゃっていいのかしら?」
キャメルは笑った。
「若旦那、アタシのこと信用してくれるの?」
「信用するも何も、ちょうどあなたみたいにロンレア家の内情に通じた人を探していたところだったんだ。ロンレア夫妻も、エルマを俺に取られて寂しがっている。エルマだって、よく見知ったあなたが近くにいてくれれば安心だろう」
「はい。直行さま、彼女は信頼できる従者です」
レモリーも嬉しそうだ。
「ああ。キャメルさんには旧王都で夫妻のことを頼むけど、もし俺が呼んだら、田舎のロンレア領にも顔を出してほしいな」
「あら、それは光栄だワ。でも、レモリーちゃんはどうするの?」
「レモリーには今後、俺のそばで秘書をやってもらう」
「……はい?」
レモリーは秘書という概念が呑み込めなかったようで、キョトンとしている。
「基本的には今まで通りでいい。でも、今後はより俺の身近でサポートしてもらうってことだ」
「はい。それはもちろん喜んでお仕えさせていただきます」
秘書という言葉自体は、中国で三国志の時代から使われており、魏の九品官人法でも従三品に位置した。
中世ヨーロッパでは王侯貴族や大富豪などの機密文書を扱う役職としても知られている。
日本の武家社会では右筆。
「まあ、何にしてもレモリーには側近として、ロンレア領で俺の側にいてもらう。頼むよ」
「はい! 承知いたしましたご主人様」
「それって、出世って事でいいのかしら! 良かったわね、レモリーちゃん」
「いいえ。私は直行さまにお仕えする事が務めですので、これまで通り参ります」
キャメルに筆頭従者を任せることで、レモリーをそばに置くことができる。
俺の右腕として働いてもらおう。




