246話・アンナの決意と知里の行方
「スキル結晶の件は了解したッ! ともに後世の汚名を着てやろうじゃないかッ!」
アンナと2通りの握手を交わし、スキル結晶の量産化計画は合意した。
交渉を終えた俺たちは再びテーブルに差し向かいで座り、アンナが淹れてくれたすっぱいお茶を飲んだ。
円滑な人間関係には、やはり我慢と作り笑いも大切だ。
「勇者自治区との細かな契約なんかは、俺が間に入らせてもらうのでいいか? 重要なことについてはアンナに同席してもらうかもしれないけど」
「そうだなッ。わたしが直接自治区に行っても良いが、用心に越したことはない」
アンナは公認錬金術師を証明する懐中時計を開けて、言った。
「それを見せたら、法王庁もフリーパスだったな」
「だが、勇者自治区に行くとしても、これを持って行くわけにはいかんッ」
「どうして?」
「たとえば、現在位置を示すような、何らかの術式が組み込まれている可能性も否定できないッ」
なるほど、GPSのような魔法道具か。
「アンナが錬金術師の資格を取ったのは、魔王討伐戦後か?」
「違う。9年前だからトシヒコ以前だなッ。だが、それよりもずっと前から、我々は王都の監視下に置かれている」
アンナは簡潔に自身の過去について語った。
「家は代々錬金術師の家系だった。曽祖父の代まではそれなりの地位でもあったようだ」
この世界における公認錬金術師の表向きの仕事は回復アイテムの生産だという。
HP回復ポーション、MP回復のマナポーション、毒消し等を生成して魔術師ギルドなどに卸す。
「しかしアンナは旧王都にいながら、公認錬金術師の資格を持っているんだよな。ポーションの生産なんかはやらなくていいのか?」
その問いに、アンナは少しだけ考えて、答える。
「……錬金術師の究極の目的は黄金をつくり出す事だッ。ただ、そうした研究の過程で様々な副産物が生まれる。その実験データなどを論文にして国庫に納めるんだッ」
何となく製薬会社の職員兼、公立の研究職のような感じだろうか。
「アンナの場合は人体錬成か?」
「いや、それは禁止されているので無理だなッ。わたしの場合、表向きは魔法王国時代の遺跡で発掘された遺物を鑑定して、魔法用具の効果を上に報告している。例えば魔晶石やホバーボードだな」
魔晶石はMPの補助として使用される貴石だ。
マナポーションはMP回復アイテムだが、魔晶石はMP増幅アイテムだ。
つまり自分の実力よりも上の魔法を使う際に使用される。
俺を召喚する時に、エルマも使ったと言っていた。
「わたしには遺跡を探検できるほどの戦闘力も時間もないからなッ。冒険者を雇って、遺物を持ってきてもらうんだッ」
「なるほど。それで知里さんと知り合いになったのか……」
アンナ自身には、どうやら魔法の才能はないらしい。
この世界の錬金術師は、あくまでも回復アイテムや補助アイテムなどを生成・合成する調合知識を受け継いでいる者のようだ。
「そういえば、知里さんに仕事を頼んでるんだって?」
ネリーから聞いた話では、不死人の砂漠地帯にある、前人未到のダンジョンに挑んだという。
S級の冒険者パーティでさえ最深部にたどり着いた者はいないという最難関だ。
「古代遺跡『時空の宮殿』だなッ」
魔王領の対岸にあって、瘴気の濃い地域だったために近年まで発見されていなかった遺跡だ。
「1人で行かせたのか?」
「まさかッ。S級の冒険者5人でパーティを組んだらしいッ。守護システムや侵入者用の迎撃プログラムが無傷で残っている例外的な遺跡だからな。最深部まで行かなくとも、収穫は得られるだろう」
その話を聞いて、俺は少しだけ安心した。
エルマの奴が、散々フラグを立てていたので、けっこう心配ではあったのだ。
「知里は凄腕だ。S級の連中は引き際も心得てるからこそ、そこまでの地位になったのだ。命知らずでは、決して生き残れないのが冒険者という商売さ。依頼する方は気楽なものだがな……」
アンナは自嘲気味に言った。
自分の依頼で冒険者が命を失った事があるのだろう。
「勇者自治区への抑止力のためにも、知里さんには是が非でも俺たちの陣営にいてもらわなくては困る」
「同感だッ。わたしはこう見えても平和主義者なんだ。巻き込むからにはトラブルを避けてもらわなければなッ」
この件に関して、俺たちの意見は一致している。
「アンナ。知里さんが戻ってきたら、行動を共にしてくれるように伝えてくれ。俺が仕事として依頼する」
交渉をまとめ上げた俺は、レモリーと合流して一息つくためにBAR「異界風」へ向かった。




