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241話・旧王都への街道をぶっ飛ばせ

挿絵(By みてみん)


 ワーゲンバスを模した自動車に乗り込んだ俺たちは、一路旧王都へ向かう。


「じゃあ、行きますよー。シートベルト、してくださいねー」


 車内は狭いものの、自転車等の荷物は屋根に積むことができた。


 お土産のママチャリを逆さに乗せたワーゲンバスが街道を走る。

 目の細かいアスファルトで再舗装された、ローマ街道のような道だ。


「フ~ンフンフン♪」

「ほう?」


 意外にも、ミウラサキの運転は丁寧だった。

 あれほどせっかちな彼の事だから、相当に荒っぽい運転を覚悟していたのだが……。

 馬車とすれ違う際には、思い切って減速している。

 街道を縫うように走りながらも、すれ違う人馬を驚かすような運転はしなかった。


 ただ、速度は出ている。

 スピードメーターは時速80キロを指していた。

 彼のふたつ名は〝速度の王(スピード・キング)〟という。

 この走りは、それと関係しているのかもしれない。


「フ~ンフンフンフ~ン♪ フンフフ~ン♪ フンッ、フンっ、ンフ~ン」


 ひとつ気になるのが、ミウラサキの鼻歌と動作だ。

 鶏や鳩が歩くときのように首を前後に揺らしながら、独特の音程で鼻歌を歌う。


 鳥が歩くときに首を縦に振るのは、眼球が横についていて動かせないので、景色が流れてしまうからだという。

 5歳の女の子に叱られるテレビ番組でやっていた。


 ミウラサキは目が横についているわけではない。

 何ともおかしなクセだが、安全運転ならばそれで良いだろう。


 事実、この道中はサスペンションのついた馬車よりもずっと快適だった。


「ミウラサキ一代侯爵、この車はガソリンで走っているのですか?」

「フ~ンフ~。動力は精霊石だね。ボクは魔法が使えるわけじゃないので、詳しい原理は分からない。ヒナっちが召喚した技術者と魔術師たちで、エンジンを再設計したのさ。燃料電池でモーターを回転させて走るクルマみたいなモノだよ。ンフ~」

「勇者自治区お得意の科学技術+魔法のいいとこどりですわね……」


 よく見ると、この自動車から排気ガスは出ていないようだ。

 俺の位置からでは見えないが、どうやらマフラーがついていない。


「ところでレモリー。なんだ、精霊石って?」

「はい。精霊石とは、精霊を結晶化させたものです。旧魔法王国時代の技術のようですね。ドルイドは悪魔の技術として、とても忌み嫌っていました」

「レモリーもやっぱり抵抗がある感じか?」

「いえ。再教育された段階で、そうした価値観は矯正されました。正邪ではなく、主人に従う事を学びましたから」


 レモリーは眉一つ動かさずに闇の深い事を言った。

 そうしてみると、俺たちが自由意志と呼んでいるものは、案外脆いのかもしれない。


「はい。直行さま。どうかなさいましたか?」


 俺は月虹のもとで彼女が言ったことを思い出していた。

 「このまま時間が止まってしまえば、どれほど良いでしょう」――あの言葉は、矯正された価値観でも命令でもなく、自由意志だったと思いたい。


「あ、ミウラサキ一代侯爵! 前を見てください」

「ンフ~! んおっ!」


 その時だ。

 俺たちを乗せた自動車の前を、牛と羊の中間のような姿の獣が横切った。

 草原のところにいる大きな塊から外れた数頭が、パニックを起こしたように街道に流れてきたのだ。


 獣たちの動きは予測不可能で、このままでは轢いてしまいそうだ。

 しかし、そのような事態は起こらなかった。


「え……景色が」


 群れを飛び出してきた獣たちの動きが、スローモーションになった。

 フワっとした感覚が鳩尾のあたりに浮かび、俺たちの自動車だけが縫うようにすり抜けていく。


 向こうから来た馬車とすれ違ったとき、馬車はまるで止まっているかのようにゆっくりで、御者がこちらを見ながらコマ送りのように驚いた表情に変わっていくのが見えた。


 そして獣も馬車もすり抜けた車は、元のスピードに戻って何事もなかったかのように無人の街道を走り抜けていった。


「時間……操作……ですか?」

「ンフッフー♪ ボクの性格スキル『のろま』と『せっかち』をトシヒコ君の『天眼通(てんげんつう)』でそういう効果をつけてもらったんです」

「それで〝速度の王〟ですか……」


 俺とエルマは驚いた表情で顔を見合わせた。

 ミウラサキは少し照れたように首を前後に振りながら頭をかいた。


「ボクには今ひとつ使いこなせないので、首を縦に振ったり、貧乏ゆすりをすることで普段からタイミングを計っているんです」

「ああ、そうだったんですね……」


 ミウラサキはとんでもないチートスキルの持ち主だった。

 なるほど、スキルを自在に進化させる勇者トシヒコを軸として、賢者ヒナに鉄壁の防御障壁の小夜子、そして速度を操るミウラサキ。

 俺が知っている勇者パーティのメンツは彼らに加え、途中でクビになったそうだが、心を読むスキル『他心通(たしんつう)』の知里。確かに凄まじいチート集団だ。


 俺は感心したようにミウラサキを見て、聞いてみる。


「ちなみに、ミウラサキ氏は勇者パーティでの役割は何だったんですか? 武道家でしょうか?」

「ううん。ボクは商人さ!」


 ミウラサキは貧乏ゆすりをしていた時のいい笑顔で応えてくれた。


「商人……」

「トシヒコ君やヒナっちと違って、ボクはこちらの世界でも根を張って生きてきたから、物資の調達や法王庁との交渉なんかは実家の商会にパイプ役になってもらったんだ」

「しかし、ドン・パッティ商会は元々は庶民への商いが主でしたのに、よくディンドラッドの縄張りに切り込みましたわね」


 やはり転生者として、この世界の実情を知るエルマが言った。


「そこは、後方支援を担当したグレン・メルトエヴァレンスさんの凄さですねー。ヒナっちの義理のお父さんです。ボクもあの人から剣術とか槍術を学んだんですよー」


 その名前は、小夜子からも聞いた事がある。

 魔王討伐軍の副官であり参謀。勇者トシヒコ氏らを、ここまで戦えるようにした指導者でもあったという。


「そろそろ着きますねー。速度ゆるめまーす」 


 馬車だと半日もかかる道のりが、自動車では1時間もかからなかった。

 

 懐かしい王城と門。丘の上の貴族街が見えた。

 ここから俺たちは別行動をとる。


 俺はこれから錬金術師アンナの研究所を訪問する。

 スキル結晶の量産化と工場建設の同意を得るため、彼女を説得する必要があるのだ。

 エルマとミウラサキはお互いの実家に帰る。

 レモリーは休暇を終えてロンレア家に戻る。


 ひとまずドン・パッティ邸に車を乗りつけた後、俺は単身アンナ・ハイム研究所へと向かった。




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