241話・おとなの秘密基地
「さて……と」
部屋に戻った俺たちは、フロントに電話をしてサンドリヨン城の執務室につないでもらう。
「もしもし。九重 直行と申します。八十島 小夜子さんがそちらにおられたら、つないでください」
まともに電話をかけるなんて、2カ月ぶりか。
いや、ここは異世界で、日本からの転生者たちが6年かけて現代風に作り上げた街だ。
呼び出し音も、俺が想像していた音とは違う、金属音だった。
「もしもし、小夜子さん?」
「おはよう! 昨夜は帰れなくてゴメンね。カラオケで盛り上がっちゃって。と言ってもスナックにいたわけじゃないよ。ヒナちゃんが作ったカラオケボックス? っていうところがあって……」
小夜子は歌いすぎたのか、少しハスキーな声で答えた。
徹夜明けのハイテンションのようだ。
それにしても、被召喚者なのに、まるで初めてカラオケボックスに行ったような話しぶりだ。
そういえば、彼女が10代だった頃が80年代半ば~後半だったとすると、地域によってはカラオケボックスを知らない可能性があった。
「測量の件でミウラサキ氏と打ち合わせた。いきなりだけど、これから出発する。自動車で移動するので、遅くとも明後日には戻るけど、小夜子さんはどうする?」
俺は電話ごしに今後の予定を伝えた。
「そうねえ、わたしはヒナちゃんと一緒に学校の視察するの。ネンちゃんを学校に通わせたいのよ。なので、直行くんたちが戻った時に合流させてもらおうかしら。」
「OK、分かった。旧王都にも寄るから、炊き出しの様子も見ておく。ネンちゃんやカーチャに伝言があれば伝えるよ」
「ありがとう~。でも学校の話はまだしないで。ネンちゃんのお父さんを説得しないといけないし」
ネンちゃん……。
10歳のハーフエルフだが、街道で魔物に襲われた際に瀕死のレモリーとネリーを治療してくれた娘だ。
確か本名はネフェルフローレン。
ダメっぽいお父さんと一緒に暮らしていたのを覚えている。
「了解した。炊き出しの予算の目途がついたから、人員募集のチラシも作っておくよ」
「分かったわ」
小夜子との打ち合わせができたので、俺たちはさっそく出発の準備に取り掛かった。
◇ ◆ ◇
ミウラサキから指定されたガレージは、立体サーキット場の建設予定地の裏にあった。
もっとも、実際に見た感じではゴーカート場というよりも、ショッピングモールのループ駐車場といった感じだが。
それにしても、大がかりな工事現場だった。
現代日本のビルの建築現場にあるような、枠組み足場が組まれている。
クレーン作業車が、剥き出しの鉄骨を運び、建築術師たちが魔法の力で溶接している。
「忌々しいほど壮観ですわね♪」
「はい。何という威容。これが、直行さまたちの世界の技術なのですね……」
「まさにバビロンですわね♪」
俺たちは建設現場を横目で見ながら、奥のガレージまで歩いていく。
丸い屋根のアメリカンガレージが、6棟ほど連なっている。
「おっ! カッコいいな!」
そこは、一言で言うならば大人の秘密基地といった趣のある場所だ。
使われている建材は、エスジーエル鋼板のようだ。
加工しやすい薄い鉄の板、ガルバリウム鋼板をさらに改良した素材で、元の世界では2014年ごろから使われ始めている。
黒鉄色っぽい外観に、銀色のシャッター。黒地のマーキングで1~6までがカッコいい字体で描かれている。
いかにも特殊車両やビックリドッキリメカが出て来そうな、少年の心を燃え上がらせるようなデザイン。ミウラサキは分かっている。
「しゅっ、趣味の世界ですわね~」
「いいえ。……少し、無機質な感じが気になります。こういう趣向もあるのですね」
エルマは目を丸くし、レモリーは物珍しそうにガレージを眺めている。
「!」
すると、3番ガレージのシャッターが自動的に開いた。
「どうもですー」
ミウラサキの調子のいい声。
ドイツ製の古い小型商用車を模した車がガレージから出てきた。
ちなみにこの車種は、60年代の米国で、ヒッピーのアイコンとしても知られている。
俺は車にそこまで詳しくはないので、具体的な型番までは分からない。
レトロでありながらスタイリッシュなフォルムは、ファンタジー世界を走っていても、そこまで違和感はなさそうだ。
それにしてもレーシングスーツを着こなすミウラサキとは意外な組み合わせではある。
「……意外な取り合わせですね」
「こんなのヒナっちの趣味全開ですよ! ボクはワイルドプチ四駆とかを提案したのに全没ですよ!」
ミウラサキは子供のように頬を膨らませている。
「はい。面白い形をした馬車でございますね」
「これ、ガソリンで走るんですの?」
その車を前にした俺たちの反応は三者三様だった。
「乗ってください! ヒナ・メルトエヴァレンス・カスタム3号機! 飛ばしますよ~」
それらすべてを聞き流し、ミウラサキは俺たちを車内に誘った。




