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237話・65点の男

挿絵(By みてみん)


「あたくしが泣き喚いたのは、単にヒナさんにマウント取られて悔しかっただけですわ」


 エルマは俺にボールを投げて返すと、言った。

 話を聞きながらだと、さすがに捕球のタイミングは難しかったが、どうにかボールをグラブに納めた。


「でも、勇者自治区に来てからのエルマは、ずっと元気がなかったよな?」 

「好き勝手に文化を持ち込み、世界をつくり変える、やりたい放題のリア充たちに気圧された。ただそれだけですわ」

「……そっか」

「直行さんの言うような〝どうにもならない壁〟なんてことは思いもしませんでしたわ♪」

「そうか。もしかしたら俺は、今のお前の姿に、13歳の頃の自分を重ね合わせていたのかもしれないな」

「…………」


 ボールをやりとりする間隔が、しだいにゆっくりになっていく。

 やがてエルマがボールを持ったまま近づいてきて、コートの外にあるベンチを指さした。


 ◇ ◆ ◇


 俺たち3人はベンチに腰かけた。

 右手にボールを持った俺は、お手玉をするようにグラブの中に投げ込みながら、2人に言った。

 野球の話はレモリーには意味不明だろうが、何となくニュアンスが伝わればいい。


「少年野球やってた頃はエースで4番でさ、田舎ではトップクラスだった。小学6年で球速110キロ出てたんだ」

「それって普通じゃないですか? 高校野球でも150キロ出る人はいますわよね?」


 おいおい、軟式野球の12歳と硬式の高校球児を一緒にするなって……。

 そもそも軟式の方がスピード出ないし。


「ぜんぜん普通じゃなかったぞ? 小学生まではな」


 俺は地方育ちだから、ピッチャーがいいってだけでチームは無双できた。

 

「だから有頂天になって、中学で硬式に行ったんだ。そしたら凄い奴らばかり集まってきててさ……。しかも成長期で、どんどんみんなに追い抜かれて、ピッチャーやらせてもらえなくなった」

「ご自慢の球速は伸びたんですの?」

「ぜんっぜん。止まっちまった。目安は中1なら115キロ以上で評価Aな。高校3年の評価Aは145キロ以上に相当する」

「直行さんはB+ってとこですか♪ 微妙ですわね……」

「まあ微妙だ。制球力でも俺より凄い奴なんてゴロゴロいた。情けない話だが、俺はそれで腐ってしまった。それが13歳の頃の俺だ」


 余談だけど、プロ野球のドラフトで指名されるためには150キロの球速+制球力や多彩な変化球などの武器が必要となるらしい。


「才能でいったらエルマはSランクだからな。ドラフト指名レベルだ」

「そうでしょうね♪」


 エルマは少し得意げになった。


「でも、賢者ヒナちゃんさんはプロ野球でいったらメジャーリーグの殿堂入りクラスで、エルマは今回その力の差を目の当たりにしたわけだ」

「相手が悪かったと言いたいのですか?」


 エルマは口を尖らせた。


「いま、彼らと比べて悔しがる必要はないってことだ」

「でも直行さん、彼らは魔王を倒して、こんなところにこんな街をつくって、やりたい放題じゃないですか」

「お前もこんな街をつくってみたかったか?」

「そんなことは言ってませんわ」

「まあいい。俺が言いたいのは、お前は凄いし、俺たちも捨てたもんじゃないってことだ」

 

 俺の人生は一言で言ったら曇り空。

 勝ちきれない人生だった。


 それが異世界に呼ばれてからというもの、勝利の味を覚えつつある。

 ほとんどが凄い人たちとの繋がり、コネによるところの恩恵ではあるが、昔の俺よりも危機を切り抜ける力くらいはついた気がする。


「自分の力が及ばないところで、何もかも決まってしまう……。ゲームにすら参加させてもらえない。俺は、そんなことばっかりの人生だった。でもエルマ、お前と出会って、俺は変わった」

「いいえ。直行さまは、ご自身で運命を切り開いておられます」


 レモリーはフォローしてくれたが、残念ながら俺はこの世界でも主役にはなれそうにない。

 なぜなら魔法が使えないからだ。


 ヒナを目の当たりにして思ったのは、この世界は魔法使いが有利だ。

 剣と魔法、同じくらいの実力なら、断然魔法使いの方が強い。


 魔法の才能、魔力に関しては生まれつきの資質によるところが大きいようだ。

 後はスキル結晶で物理的に強くなるしかないが、それでも超人たちには及ばないだろう。

 実感として、俺はMAX65点の男だ。


「エルマ、いじけるな。65点の俺とは違って、お前には才能と将来がある」


 自分の限界を自分で決めてしまうのは良くない。

 しかし、上には上がいる中で、何事かを為すためには自身の得手不得手を把握しておかないといけない。


「俺の力なんてタカが知れてるが、人との繋がりがある。エルマやレモリーがいてくれるし、魚面、知里さんや小夜子さんも助けてくれる。この戦力を使って、何かをつかみかけている」

「『何か』って何です? 何が目的で、どこがゴールなんですの?」


 エルマはベンチから立ち上がり、俺の目をまっすぐに見た。


「俺とお前が満足したところがゴールだ。とりあえず金を儲ける。そしたら事業を大きくしてみよう」


 稼いでおかないと、元の世界に帰りたいときに帰れなくなりそうだしな。


「差し当たっては錬金術師さんとの交渉ですわね」

「まずはそこに全力投球だ」

「ダメだったらどうするんです?」

「あり得るな。全力でやったってダメな時は全然だめだ。努力は基本的に報われないもんだ。それでも足掻けば景色が変わる!」


 気づいたら俺も立ち上がり、熱血で有名な元テニスプレイヤーのような姿勢でエルマの前に立った。

 2メートルほどの距離からボールを投げる。

 ボールはエルマのグラブに収まり、彼女はそれを手に取り、眺めていた。


「足掻こう。這い上がるつもりで、成り上がろう。お前の心のモヤモヤを晴らすには、見えている景色を変えるしかない! 行こうエルマ」

「ぷっ♪」


 俺の不慣れな熱血ポーズが意外だったのか、エルマは吹き出した。

 レモリーもつられて笑う。

 

 何だか気恥ずかしい俺に対して、エルマはまっすぐなボールを投げてきた。

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