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235話・努力は報われないのが常なれど

挿絵(By みてみん)


 エルマが、勇者自治区の執政官ヒナ・メルトエヴァレンスとの会談中に大泣きした理由。


「知りたいですか? 直行さん」

「……ああ」

「この街の在り様を見ていて、とても不愉快でした。それは、あたくしが転生者でありながらもロンレア家の令嬢としてこの地で生まれ育ったからでしょうか」

「そうだな」

「でも同時に、懐かしい前世の文明社会こそが、あたくしにとっては居心地の良い世界だとも思いましたわ。心の底から」

「それも、もっともだ」

「自分が拠って立つ基盤が、分からなくなってしまいました。心の整理がつきません……」


 泣きはらした目で俺を上目遣いに見たエルマは、珍しく本心をのぞかせていた。


「ああ。それは簡単にはいかないだろう。だから今は、先送りしてもいいんじゃないか?」


 エルマが少し寂しそうなのが気になったので、俺はそんな風に言った。

 彼女は頷き、俺たち3人は他愛のない会話をしながら、宿泊しているホテルに戻った。


 ◇ ◆ ◇


 ロビーは昨夜とは打って変わって閑散としていた。

 クロノ王国からの勅使が帰ったのかもしれない。

 警備の人員がごっそりといなくなり、心なしか従業員たちの人数も少なくなっている。

 嵐が去った後のような少し淋しい印象だった。


 俺たちはフロントに一声かけてスイートルームへ戻った。

 小夜子は多分、帰りが遅くなるだろう。

 なので、しばらくは3人で俺の部屋でくつろぐことにした。


「直行さん。これ、ヒナさんとの想定問答集ですか?」


 部屋に入るなり、エルマは書き物机に残されたメモを手に取った。


「ヒナちゃんさんとの商談には、かなり緊張して臨んだからな。プレゼンを失敗しないために、予測される質問とその答えを、事前に用意してまとめておいたんだ。でもまあ大抵、そんな努力は報われないけどな」

「いいえ。この度はお見事な駆け引きでございました」

「今回うまくいったのは駆け引きなんかじゃない。結局はコネの力だ。錬金術師アンナと小夜子さんのお陰だ」

「結果的に大成功でしたわね……」 


 エルマは相変わらず元気がなかった。

 会話もそこで止まってしまった。


「夕飯を食べ損ねたから、ルームサービスで何か頼むか? レモリー、そこにあるメニューを取ってくれ」

「はい」


 レモリーは備え付けてあった革張りのメニューを持ってきてくれた。

 彼女も2度目の自治区ともなれば、慣れたものだ。


「俺はカレーでいいか。エルマはどうする? タピオカはメニューにないけど、聞くだけ聞いてみようか?」


 俺とレモリーは夕食・軽食メニューを見ながらエルマに尋ねた。

 彼女は静々とやってきて、無言でメニューを見ると、キッズメニューのパンケーキを指さした。


「キッズメニューは12歳までって書いてあるだろ。普通のパンケーキ頼んで、食べきれなかったらシェアすればいいんじゃないか」

「年齢確認されるわけでもないし1歳くらいサバ読んでもいいじゃないですか……。あたくし、あたりかまわず泣き喚くような子供なんですから……」


 そう言うとエルマはソファの上に戻って『体育座り』のように膝を抱えた。

 余談だが体育座りは、戦後日本の教育現場で当たり前のように指導されている。

 しかし、カイロプラクティックなどの専門家によれば、内臓を圧迫し、腰にも負担をかけると批判も多い。


 海外では主に奴隷や囚人に行わせていた座り方でもあるそうだ。


「お嬢様がそんな座り方をしてると、見る人が見たら転生者だとバレるぞ」

「分かってますわよ。あたくし、普段はこんなふうに座ったりしません」


 エルマはふてくされたように呟き、さらに深くうつむいた。


「ふてくされていても仕方ないぞ」

「そんな事はありませんわ。自治区は何でもアリの便利な街ですし、食べ物もおいしいですし……」

「はい。エルマお嬢さま、お疲れでしたら早くにお休みになられますか?」

「ちょっと待ったレモリー。お腹空いてないなら、30分だけ時間をくれないか? エルマとちょっと話をしたい」

「はい。ですが……」


 レモリーが何か言おうとするのを、俺は制した。

 そしてフロントに電話をすると、ルームサービスではなく、別の物を頼んだ。


「子供が遊ぶような、ゴムのボールとグローブ等の貸し出しはありますか? ああ、軟式がありましたか。では中庭のテニスコートで、キャッチボールをすることはできますか?」


 受話器を置いた俺を、エルマは不思議そうな顔で見ていた。


「直行さん……こんな夜にレモリーとキャッチボールですか? なぜ突然そんなことを?」

「いいえ。キャッチボールとは何でしょう。ご命令とあればお供いたしますが……?」


 レモリーは首を傾げている。

 彼女は転生者ではないので、知らないのは当然だ。

 俺はエルマに、シャドウピッチングでボールを投げるふりをして見せた。

 エルマは転生者だから、俺の誘いが当然ピンとくる。


「あたくしとですか? どうして? なぜ突然? 嫌ですわよ。もう暗いですし」

「いいからやろう。気分転換に」

「どうしたんですか直行さん?」

「じゃあエルマ、こうしよう。キャッチボールで俺がお前のボールを捕れなかったら、元の世界には帰らないで一生ここで過ごす。どうする?」

「後ろに投げたら捕れませんわね♪」

「後ろに放るのはナシで。まともな投げ合いでの勝負だぞ」


 嫌そうだったエルマが話に乗ってきた。


「良いでしょう。直行さん、その勝負受けて立ちましょう」


 エルマはソファの上で立ち上がり、何度かとび跳ねた後で降りた。

 こうして、思わぬ形でキャッチボール勝負と相成った。


 えらい条件を賭けてしまったが、大丈夫だろうか。

 昔取った杵柄だが、13歳の少女の投げたボールを、さすがに落とすことはないだろう。

 ただ、エルマは召喚士だけど……。 


 

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