233話・エルマ泣く2
「ヒナちゃんさん。すまないけど海老の試食は中止にさせてくれ。俺とレモリーでエルマをどうにか落ち着かせて、帰るわ」
俺はヒナの近くに寄って、言った。
「この状態で帰られても、ヒナはやっぱり困っちゃうかな。少し眠らせてもいい?」
ヒナは内心うんざりしている様子だが、俺たちを気づかってくれた。
彼女が指先をエルマにかざすと、一瞬で眠りに落ちた。
レモリーに掴みかかった状態から、崩れ落ちるように倒れ込む。
それを抱きとめたレモリーが、エルマを長椅子の上に寝かせた。
「30分は起きないと思う。で、どうする? エルマさん抜きで海老の試食会やる?」
ヒナの提案に、俺はレモリーと顔を見合わせて、少しだけ考えた。
「海老は、ヒナちゃんさんたちで好きに食べちゃってよ。俺たちは、エルマをおんぶしてホテルに帰る。小夜子さんは、ヒナちゃんさんと一緒にいて」
「おんぶ? 大丈夫?」
「後ろに倒れないおんぶの基本、腕を交差させて持つ」
以前動画サイトで見た知識だけど、意識がない人や泥酔者を安全におんぶするのにはコツがあるのだ。
「ホテルまでは距離があるでしょう。ヒナのホバーボードを使ってよ」
ヒナはすぐにフロントに電話すると、その旨を伝えた。
そして念力でエルマを宙に浮かせ、風船を持ち歩くような感じで、そのまま歩き出した。
こうと決まったら、彼女の行動は早い。
「あのー、ウチはどうしたらいいっすかね?」
両手を頭の後ろで組んだアイカが、間延びした声で尋ねた。
「もしよかったら海老、食べちゃって」
「マジっすか? ウチ海老超好きなんすよ。アレ見た感じ超美味そうだったんで、あざーす」
「そうね。ヒナたちは直行君のご厚意に甘えて、海老をいただきましょう。ママもそれでいいかな?」
「わたしエビフライが食べたいなー」
「ダメよママ。せっかくの活海老だから、お刺身かお寿司でいただきましょう」
「すごーい。お寿司が食べられるの? 何年ぶりだろう」
「トシが監修して板前修業させてる若い転生者なんだけど、腕は確かよ」
ヒナはエルマを空中に浮かべたまま、螺旋階段を下りていく。
俺たちもそれに続く。
寿司、食いたかったな……。
小夜子やアイカは、もう一度階段を上がらなくてはならないだろうに、俺たちに同行して見送りに来てくれた。
受付に着くと、先ほどの女性がホバーボードをヒナに渡した。
「直行君。使い方は分かる?」
「前に使わせてもらったことがある」
知里から借りたとは言えない。
ネンちゃんを上に乗せ、小夜子と一緒にぶら下がって、延々と彼女の腋の下を見ていたのを思い出す。
「じゃ、エルマちゃんを乗せるね。落ちないように固定するか、両側を2人で押さえておくなり何とかしてね」
ヒナは、宙に浮いた状態のエルマをドローンのように操作して、ホバーボードの上に乗せる。
俺とレモリーはその両側に立ち、板の上にうつ伏せの状態で寝ている彼女を支えた。
「お見苦しいところをお見せしてすみませんでした。それと、お気遣いありがとう」
「どういたしまして! ヒナも良いお取り引きができた。最高ね」
ヒナはニッコリと笑った。
前世が芸能人だったと思われるのもうなずける、広告やポスターのような笑顔だ。
それゆえに本心は分からない。
「ああそうだ。ヒナちゃんさん、俺たちロンレア領を測量し直したいと思ってるんだけど、自治区に測量士がいたら紹介してください」
去り際になってしまったが、最後にもう一つ肝心なことが言えてよかった。
ヒナは、もう一度ニッコリと笑った。
「OKまかせて。良いようにするから!」
「ありがとうございます」
「ママを借りるね。直行君」
「ああ。俺たち先に休んでるから、小夜子さんもゆっくり羽を伸ばすといいよ」
「ありがとう」
「こちらこそ。アイカさんもわざわざ見送りに来てくれてありがとう」
俺たちはわざわざ見送りに来てくれた小夜子とアイカに改めて礼を言って、サンドリヨン城を後にした。
◇ ◆ ◇
鮮やかなイルミネーションの並木道を行き、宿泊しているホテルを目指す。
勇者自治区の景色は、元の世界よりも浮かれていて、とても輝いて見えた。
しかし、先ほどまでとは打って変わってレモリーの表情は沈んでいた。
「どうかしたのか?」
「いいえ。ただ……直行さまは、元の世界に帰られるのですね」
レモリーが寂しそうに言ったので、俺は思わず足を止めてしまった。




