232話・エルマ泣く
「──!!──」
エルマは、俺の胸ぐらにしがみつき、拳を打ち付けて泣きわめいていた。
何を叫んでいるのかは分からない。
風の精霊術で声が封じられているためだ。
「レモリーさん。風の精霊術を解除してあげて。エルマちゃんの話を聞いてあげようよ」
「でも執政官の執務室で、ギャンギャン泣き喚かれたら、何事かと思われるだろう」
「OK。じゃあヒナの沈黙魔法で、部屋の声が外に漏れないように調節しましょう」
ヒナがパチンと指を鳴らしただけで、レモリーの精霊術が解除された。
そしてタップダンスのように踵を鳴らすと、エルマの絶叫が部屋中に鳴り響いた。
「……んまりですわー、あんまりですわー! 直行さんあたくしに黙って帰還者リスト? に登録していたなんてあんまりですわー! あたくしに一言も相談しないで帰るなんて、ひどいですわー! 裏切り者ですわー! 人でなしー! 薄情者ー! 鉄面皮で酷薄な恥知らずー! 鬼ー! 悪魔ー! 外道ー! 厚顔無恥も甚だしいですわー! この人非人ー!」
……。
俺たちは13歳のエルマの罵り言葉に苦笑いしてしまった。
「……ウチ、あんなにたくさんの悪口思いつかないっす。手が先に出るタイプなんで……」
アイカは、ため息をつきながら感心している。
俺も同感だ。
よくもまあ次から次に、言葉が出てくるものだと思う。
そんな俺に対して、エルマは食って掛かる。
「妻のあたくしが、情婦レモリーを公認したというのに、一言の相談もなく帰還者リスト! 帰還者リストに名乗りを上げるなんて、あんまりですわー! うえええええん!」
エルマは俺の胸に顔をうずめて、泣くわ喚くわの大騒ぎだ。
鼓膜が破れるかと思うほどの大声だった。
それに加えて、爪で引っかいたりするので、俺の顔はたぶん血まみれだ。
「……直行君。どう収めるつもり、この状態……」
ヒナが回復魔法をかけてくれたが、そんな彼女に対してエルマは怒りの矛先を向ける。
「ヒナさんはしゃしゃり出てこないでくれます? 夫婦喧嘩は犬も食わないと言いますわ。ヒナさんはありあまる魔力と才能をあたくしに見せつけて、魔術師としてマウント取ってきて、心を折りにかかってくるのですね。あんまりですわー」
「ヒナはそういうつもりじゃ……」
「どうせ六神通ですわ! どうせ六神通! あんまりですわー! こんな不公平なことってありますか! チート能力六神通! あーんーまーりーですわー!」
一方的で、まさに取り付く島もないといった様相だ。
ヒナに飛びかかろうとするのを、レモリーが押さえつけている。
「ヒナは六神通じゃないよ」
「えっ? そうなんだ」
ヒナは小さな声で俺に言った。
その声がエルマにも届いたのか、彼女は一瞬で泣きやんでこちらを見た。
「魔力の大きさ自体は、生まれつきだけど」
「ヒナちゃんさんは魔術師として、凄い力量だよ。どんなスキル持ってるの?」
「6年前にトシの六神通『天眼通』で、性格スキルを特殊スキル『超詳細記憶』に変化させたくらいかな」
「トシって、勇者トシヒコさんのこと? トシさんは六神通なんだ」
「そうよ。他人の能力に干渉できるの。おかげで物忘れをしなくなったのはよかったけど、嫌なことも記憶から消えてくれないから、そこは代償というか……」
『超詳細記憶』つまり、物事の細かいところまで記憶しておける才能ということか。
対象を具体的にイメージする必要がある召喚術とは、抜群に相性が良い。
先程の見事な線路の召喚が思い出される。
それに、有名テーマパークの街並みや、このサンドリヨン城、造幣局などの建物の再現にも、ヒナちゃんの記憶力が関わっているのかもしれない。
「でもヒナ様って、もともとの性格スキルが『未練がましい』『根に持つタイプ』だったんっすよね? どっちを変えて、どっちを残したんですか?」
どっちも同じような性質だとは思うが……。
と、いうか似たような性格スキルを2つ持ってたなんて、どれだけ『根に持つタイプ』なんだろう。
「アイカー! 余計なこと言わないで!」
おどけるアイカを、ヒナが強い口調でたしなめる。
この会話を、じっと耳をすませて聞いていたエルマが、再び歯をむき出して襲い掛かってきた。
「結局チートじゃないですかー! 生まれつき、膨大な魔力を持っていたなんてー! ひどいですわー!」
「いいえ。お嬢様、落ち着いてください!」
レモリーがエルマを羽交い絞めにして抑え込むが、怒り狂った彼女はレモリーの腕に噛みついている。
「離しなさい! そこの未練がましい召喚士に、目にもの見せてやりますわー! キシャアアアェ!」
エルマの絶叫は、最後の方はほとんど野生動物と区別がつかなかった。




