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231話・帰還者リスト1位の男


 この世界に召喚される条件。

 俺とアイカは、来る直前に〝死〟を考えていた。


挿絵(By みてみん)


 俺の場合だと、本気というわけではなかったが、駅のホームで〝そういう選択肢〟について考えていたところ、目の前に傷だらけの女「ヒルコ」が現れて、俺の意識は飛んだ。


「参考までに聞いておきたいんだけど、アイカと小夜子さん。ここに来る直前に、何を思ってた? ヒルコというらしいが、傷だらけの女性を見なかったか?」

「──直行君」


 指名した2人よりも早く、ヒナが俺を呼び止めた。


「──その名前は軽々しく口にしない方がいい。彼女が何者か、遠国(おんごく)とはどこなのか、ヒナたちも調べようと試みたことがあるの。結果、調査チーム全員が原因不明の高熱を発症し、倒れてしまった」

「?!」


 ヒナの話に俺とエルマは戦慄した。


「『人間のアカシックレコード』を配っている方ですわよね」


 魚面(うおづら)の顔と記憶を奪った女でもある。


 確か女の子の転生者が13歳になったときに、どこからか現れて人間用の召喚具を手渡しているという謎の存在。


 現代日本から人材を召喚しているヒナにとっては、喉から手が出るほど欲しいアイテムだろう。

 当人から『人間のアカシックレコード』を入手できれば、それに越したことはない。

 接触を試みるのは当然のことだ。

 しかし……。

 

「それで、その人たちは大丈夫だったの?」

「ヒナを含めて、10日ほど寝込んだけどね。本格的な調査を行っていたら、命が危なかったかも……」

「元討伐軍の魔道士チームのみんなでしょ。大変だったのね。ヒナちゃん、そういう時はわたしを呼んでよね」

「だから首を突っ込んじゃダメなんだって、ママ」

「……でも俺もエルマも、その名前を結構口にしてたけどな? 何でもなかったよ」

「ですわね」


 ヒルコの話は、この世界に来たばかりの頃にエルマから聞いたが、その後も特に不調はない。

 いや、変な夢や幻を見たことは何度かある気がするが……。

 魚面からも同様に、顔と記憶を奪われた話を聞いたが、俺も知里も体は問題なかった。


「──多分だけど、ただ名前を呼んだだけでは発動せず、探りを入れたりといった行動が伴うと発動するタイプの呪いなのかもしれない」


 俺が納得できないような顔をしていたのか、ヒナが補足してくれた。


「しかし、そんな事って可能なのか……? 世界中の人間を盗聴しているとか?」

「理屈としては、魔法罠(スペルトラップ)の一種なんだと思う。ただ、効果範囲が一国とか、そういうレベルまで拡大してるけど」


 魔法罠(スペルトラップ)か。魚面と戦った時に、知里が張っていた結界のようなモノだ。

 あの時は「魔法を使うと呪縛魔法がかかる」というものだったが……。

 効果範囲はせいぜい200メートル四方くらいだったか。


「そうか。参ったな。俺の友達が、そいつに奪われたものがあるので困っていたんだけど……」

「魚さんね。助けてあげたいよね」

「だけど、その話を聞いてしまうと、迂闊には動けないな」


 ……実は、ヒルコをおびき寄せる策を思いついたのだが、その前に確認しておくべき事がある。


「ちなみにヒナちゃんさんが魔法罠(スペルトラップ)を発動させるとしたら、効果範囲はどれくらい?」

「そうねえ。術具の力を借りれば勇者自治区全域をまかなえるかな」

「すげぇ……」

「でも、ヒナはやらないよ。人の発言や思考に縛りをかけるなんて。勇者自治区は言論の自由が保障されていなくては絶対ダメ」


 知里とは比較にならない効果範囲だ……。

 しかし、ヒルコはさらにその上をいくと考えると、やみくもに手出しができる相手ではない。


 魚面には悪いが、この話は先送りせざるを得ない。

 

「……ん? ちょっと待ったヒナちゃんさん。日本から人間を召喚する時、呪いとかかけてないの?」

「はい?」


 ヒナは思いもよらない話を振られたようで、キョトンと目を丸くしている。


「あー! あーあー! あー!」


 一方で、突如エルマが憑き物がついたかのように大声で叫びだした。


「うるさい、エルマ静かにしろ」

「あー! あーあー! あー!」 

「悪いけどレモリー、沈黙魔法を」

「はい。申し訳ありませんお嬢様」


 俺はレモリーに指示を出し、風の精霊術でエルマの声を封じた。

 

「ヒナちゃんさん。たとえば技術者に何かを頼むとして、『失敗したら死ぬ』なんて呪いをかけたりする?」


 それは召喚された当初、エルマが俺を脅してきた言葉だ。

 まあ、物騒な呪いがなくても俺は、やれる範囲では協力する気だったけど。


「ううん。ヒナはそんな呪いなんてかけたことないかな。だって、人間を召喚する時の術式に加えて、呪いを同時詠唱するわけでしょ? 少なくともヒナには無理だから」


 俺は疑惑の目をエルマに向けた。


「お前、嘘ついてたんだな。『失敗したら死ぬ』なんて呪い、お前なんかにはとても無理だろう」

「はい。私は召喚魔法については門外漢ですが、真相を打ち明けることもせずに、直行さまのお心を煩わせてしまいまして、申し訳ありません」


 風の精霊術で言葉を封じられているエルマに代わり、レモリーが深々と頭を下げた。

 エルマは涙目で何かを叫んでいるようだが、その声は届かない。


「レモリーに否はないよ。ロンレア家の従者として、お嬢様の秘密を守ったわけだから。この件に関して、エルマを責めるつもりもない」


 異世界から人間を召喚して言う事を聞かせるためには、そのくらいの手段は仕方がないだろう。

 俺がエルマの立場だったら、もっとえげつない飴と鞭で言うことを聞かせていただろうから。


「でも、呪われてないならよかった。これで何の憂いもなく元の世界に帰る算段が整うな」

「OK直行君。すべてうまく行ったら、帰還者リスト1位は確定よ。アンナ・ハイム女史の説得よろしくね」


 ヒナが俺を見て、人差し指を立てて頷く。

 帰還者リスト1位。


「──!!──」


 エルマが俺の前に立ちはだかり、声にならない絶叫を上げた。

 その眼には大粒の涙を浮かべ、歯を剥き出して、俺に飛びかかってくる。

 

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