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229話・湖上列車で行こう


 ヒナの驚異的な能力は、サンドリヨン城からの瞬間移動に止まらなかった。

 彼女は飛行魔法で蒸気船の煙突に飛び乗ると、北の方角を指さした。


挿絵(By みてみん)


「ここからロンレア領まで線路を召喚して、湖上列車を走らせようと思う。エルマさん、直行君。鉄道の開通について、領主の許可はもらえるかしら?」

「……は?」


 線路を召喚……?

 湖上列車……だと。

 

「水上を走る列車なんて、某巨匠のアニメとか発行部数4億部の漫画であったみたいな、そんなことが可能なんですの?」


 エルマは首を傾げた。


「確か、現実の世界でも、ロシアのアルタイ地方のなんとかって塩湖に、塩を運搬するために浅瀬に鉄道を建設したものがあるけどな」

「この水深では無理ですわよ」


 蒸気船の煙突の上にいたはずのヒナは、いつの間にか俺たちの隣に来ていた。


「水の精霊石とミスリル銀を融合させた『沈まない線路』は、実用段階に入っているから。昔から水路として活用されてきた中央湖に鉄道を走らせ、さらに大がかりな物流網を構築したいの」

「……お、おう」


 確かに、そんな事が可能であれば、蒸気船よりも早く、大量に人や物を運ぶことができる。


「だけど、この計画はどこの領主からも良い返事がもらえないのね」

「そりゃあそうだ。船の往来を妨げるし、安全保障上の脅威だもん」

「ヒナは侵略戦争なんて少しも興味ないんだけどね」


 単純に異世界の技術への警戒心からだけではないだろう。

 他の領主からしたら、いつ攻め込まれるか分かったものじゃない。

 「列車は国家権力を乗せて走る」と言われる。

 鉄道が大量の補給を可能としたことで、近代戦争はより大規模化、総力戦の時代に入った。


 ヒナ本人が何を言おうとも、剣と魔法の世界の住人にとって、勇者自治区による鉄道網の構築は、侵略行為のようなものだ。


「直行君は勇者自治区⇔ロンレア線の開通には反対なの? ヒナたちで鉄道を平和利用して、この世界に鉄道貨物輸送の利便性をアピールしない?」

「いや、反対はしないけど……。それにしたって派手な移動……過ぎやしねえか?」

「あたくしも同感です。そんな目立つ手段で、スキル結晶を運ぶのは自殺行為ですわ」

「はい。(わたくし)には鉄道というモノは理解できませんが、視界の開けた湖上を移動すると、飛竜部隊の格好の餌食かと思われます」


 俺たちの反論に、ヒナは待ってましたとばかりに目を輝かせた。


「だから海上列車で運ぶのは農産物だけ。本命は下で運ぶ」

「下?」


 ヒナが指差した先に、潜水艦のようなものの一部が見える。


「魔道力潜水艦。6人乗りの小型艦よ。表向きは半潜水型海中観光船って事になってるけどね」

「なるほど、農産品の輸送を囮に使うのか」

「万が一空から襲われたとしても、美味しい野菜を召し上がれって感じでね」


 湖上列車で農産物を輸送し、潜水艦でスキル結晶を密輸する。

 万が一、法王庁の飛竜部隊などの検問を受けても、野菜や果物を差し出せばいい。


「……小型の潜水艇を密輸に使うのは、南米の麻薬密売組織とかがやってるよな。10年代には自家製の潜水艦までつくってたって話だ」

「いいえ。あの鉄の塊が水の中を進むとして、上空から見たら怪しい魚影のように見えるのでは?」

「潜水艦は、コバンザメのように列車の下に隠れていれば、上からは見えないでしょ」

「水圧で潰されません……? 技術的には可能ですの?」

「深海に潜る必要がなければ、潜水艦なんて意外とシンプルにつくれるの。実際、ウチでも何隻か哨戒任務に当たってる」

「……潜水艦で密輸? さっきから、とっても物騒な事言ってない? バレたら戦争ものよ?」


 小夜子が心配そうに話に入ってくる。


「違うのよママ。ヒナは戦争したいわけじゃない。未来に向けてこの街の人たちを守りたいの。信じて」

「小夜子様、ウチらの未来がかかってるんっすよ!」


 アイカも必死でフォローする。


 実際のところ、小夜子の言う通り、バレたら即戦争の案件ではある。


「俺としては、危ない橋だと思う。ヒナちゃんさんは焦ってるでしょ?」 


 ヒナもみたところ20代前半だし、皆まだまだ先がある。

 長い目で見て国力を強化する選択肢もあるとは思う。


 こんなこと言ったら、せっかくの商談に水を差す上に内政干渉もいいとこなので、余計な話はできないが……。


「そうね。ヒナは焦ってるかも。さっきまで会談していたクロノ王国の勅使、ヒナやトシに対しては丁重な応対をとるけれども、いぶき君やアイカにはとても横柄で、言葉は悪いけど舐め腐ってる」


 ヒナは強い口調で言った。

 

「3年以内にヒナたち抜きで、向こうの騎士団や宮廷魔術師たちに対抗できる兵力を持ちたい」

「英雄がいなくとも強い国をつくって、対等な外交関係を築くという事ですか。そのための、スキル結晶生産ですか」

「そういう事!」


 ヒナは力強く頷くと、ダンスのリズムでカウントを取り始めた。

 彼女の踊りに合わせて、夕空に魔方陣がいくつも連なり、浮かぶ。


「とりあえず200メートルいってみましょうか!」


 湖上に光の筋が浮かんだ。

 ヒナが言った水に浮かぶ線路が、魔方陣から出現し、光の筋と折り重なるように湖面に伸びていく。


 俺は、信じられないものを見た。

 湖面に浮かぶ、不思議な線路が敷かれていくさまを。

 ほんの一瞬の出来事だった。

 

 ヒナは額の汗をぬぐい、不敵に笑う。


「半年以内に湖上列車を開通してみせるよ」


 俺たちは、呆然とただ、突然現れた線路を見ていることしかできなかった。







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