228話・推定50億ゼニルの取り引き3
「それともう一つ。万が一だけど、スキル結晶の量産化がバレた場合、勇者自治区とは無関係ということにしておいた方がいいと思うんだ」
俺は予防線を提案する。
勇者自治区の執政官ヒナ・メルトエヴァレンスと俺たちとの取引の概要は、ざっと以下の通りだ。
錬金術師アンナ・ハイムがロンレア領でスキル結晶を量産化する。
施設の建設資金は勇者自治区の予算から出すことで、専属契約の代わりとする。
土地の所有権は俺たちロンレア領にあり、建物と生産品のスキル結晶は自治区のもの。
俺たちの収入は、研究開発費とアンナへの給与(高そうだ)、それと土地の使用料。
問題はこの動きを他国に知られた時だ。
勇者自治区と錬金術師の接点が知られるのはマズい。
法王庁による武力介入の可能性もある。
「そうね。万が一バレた時には、あくまでもロンレア伯爵家と錬金術師アンナによる事業ということで、ヒナたちはシラを切りましょう」
「ちょっとヒナさん!」
ヒナの答えに、エルマが不満の声を述べる。
「と、いうことはですよ、あたくしたちが法王庁に目をつけられたら、勇者自治区は助けてくれないんですの? それって不公平じゃありません?」
エルマの言うことももっともだ。
仮にそうなった場合、俺たちには打つ手がない。
「わたしがいるから、大丈夫! みんなを守ってあげるわ」
小夜子が満面の笑顔でドンと胸を叩いた。
「小夜子さんだけで、どうこうなる問題でもありませんわよ」
「そうでもないな。小夜子さんが俺たちと一緒に行動する以上、万が一があったら自治区は救援せざるを得ない」
言ってみれば人質だ。
その様子に、ほんの少しヒナの顔が曇った。
「万が一ママが危険にさらされたら、ヒナもトシも全力で助けるつもり。一応、釘を刺しておくけど、それは最悪の最悪の事態だから」
「分かってる」
俺はまっすぐにヒナを見て頷いた。
「大丈夫よ、ヒナちゃん。直行くんは!」
「小夜子さん。そこまで俺を信用しないでくれ。他に打つ手がなければ、小夜子さんに嫌な事もお願いするかもしれない。ただ、強制だけはしない。それだけはヒナちゃんさんも承知しておいてくれ」
「……OK。商談成立ね」
ヒナは席を立ち、俺に握手を求めた。
元の世界で行う、手のひらを重ねるやり方だ。
俺も立ち上がり、差し伸べられた手に応える。
「文書が必要なら、署名するよ」
「証拠が残るのはマズいから、紳士協定と行きましょうか」
「ウチらの外交、そればっかっすよね……」
アイカはマンゴーを頬張りながら、肩をすくめて笑った。
彼女のムードメーカー的な雰囲気は、場の空気を和ませる力がある。
もっとも、エルマは浮かない顔で、あらぬ方向を見ていたが。
「どうした? エルマ、まだ何か不満か?」
「輸送について考えていました。スキル結晶を領内で生産するのは良いとして、以前のように街道で検問に遭った場合、どう言い逃れしましょうね。モノがモノですし、あたくしもうあんな思いはまっぴらですわ……」
前回のマナポーション横流し事件では、俺たちは2度の襲撃を受けた。
1度目は暗殺者だが、2度目は法王庁の検問だった。
そこでエルマは捕まってしまい、決闘裁判でどうにか連れ帰ることができた。
「確かに。街道はマズいな」
「はい。いくつかの領地をまたいでいるために危険です」
「だとすれば、水路か……」
俺は執務室から一望できる、中央湖を眺めた。
「そうだ直行君。口約束だけというのも何だから、ヒナの本気を見せてあげるね」
そう言うとヒナは、冷蔵庫からマナポーションを1本取り出した。
するとアイカがそれを受け取り、ヒナから距離を置く。
「ワン、エン、ツー、エン、スリー、エン、フォー、エン、ファイブ!」
まるでダンスのような動きと掛け声で、ヒナはキレッキレの動きを見せた。
彼女の掛け声と動きに合わせて、この部屋に魔方陣が出現する。
「エン、ゴー!」
「え?」
…………。
俺たちは全員、一瞬にして外にいた。
20世紀初頭のアメリカの港を模した湖のほとりだ。
水面には郷愁を誘う蒸気船や帆船が浮かび、レンガ造りの灯台がそびえている。
午後の日差しと、ひんやりとした湖からの風が心地よい。
「瞬間移動……か?」
「召喚術の応用ですわね。視界内に二つの門を召喚して、あたくしたちを行き来させた。しかも踊りと掛け声で魔方陣と術式の起動を大幅に省略しています。化け物と呼ばないでと仰いましたが、化け物ですわ……」
「ご名答。さすがはエルマさん。でも、ヒナは人間だからね」
ヒナは小さく笑った。
……。
俺とレモリーは言葉を失っていた。




