226話・推定50億ゼニルの取り引き1
ヒナが持ちかけてきた商談の本当の狙いは、俺と錬金術師アンナとのつながりにあった。
スキル結晶。
文字通り、技能や基本ステータスを底上げする、言ってみれば恒久的なドーピングアイテムだ。
宝石のような外見をしており、首の後ろから挿入する。
俺にも、回避+3が入っている。
「えー、何のために? スキルだったらトシちゃんが好きなように作れるじゃない?」
小夜子が話に割って入ってきた。
確か勇者トシヒコの能力って、スキルを付与する力だと聞いた。
彼女の『乙女の恥じらい』も、勇者によって与えられたチート能力だが……。
「トシの『天眼通』は、性格スキルを改変する能力。ヒナが欲しいのは、単純に精密動作や器用度、腕力などを底上げするステータスアップのスキル結晶ね」
「それって軍事運用ですか?」
エルマが鋭い視線を投げかけた。
「ええ。ヒナたちの国には兵力が必要なの」
「でもさー、ヒナちゃんもトシちゃんもミウラサキ君も、信じられないくらい強いじゃない」
「ママもね。でも、そういう超人的な個人が治安維持や安全保障を担当するのはあまりにも不安定なの」
「……でしょうね」
俺は腕を組んで頷く。
小夜子は、不思議そうに首をかしげていた。
「どうして? 戦争は良くないわ!」
「戦争なんかしないよ、ママ」
「だったらどうして兵力なんか持つ必要があるの?」
「ハッキリ言って、一般の自治区民は周辺国に舐められていて外交にならないの。事務方同士の打ち合わせができないの。ささいな取り決めにも、いちいちヒナたち元討伐軍の主力組が直接言わないと、彼らは聞く耳を持たない」
「…………」
ヒナの言葉に、小夜子は黙ってうつむいた。
「ウチ、新王都にヒナ様の親書を持って行ったのに門前払いされました。しかも3回もっすよ」
「いくら何でも外交上無礼すぎるだろう」
この件に関して、俺は中立の立場だが、さすがに門前払いはどうかと思う。
「自治区は国とは思われていないの。自治区の住民は、ヒナやトシなんかの一代侯爵たちの取り巻きのやくざ者ぐらいにしか見られていないの」
「まるで『水滸伝』の梁山泊みたいな」
「水滸伝? ヒナは詳しいわけじゃないけど、要するに自治区自体も〝ならず者の集まり〟みたいな扱いで」
小夜子もエルマも『水滸伝』にはピンと来ていなさそうだった。
梁山泊とは、要するに、時の権力に反抗した108人の英傑たちが立ち籠った理想郷兼要塞のような場所の事だ。
「親書はいちいちヒナが持って行くわけ。トシはハーレムに引きこもって動かないし、ママは炊き出しでしょ」
「……ごめん」
「それは良いとして、この先こんな歪な外交関係を何十年もやっていけると思う?」
「それは無理だよな……」
「ヒナたちだって年を取る。いつかは命も尽きるでしょう。そうなった時に、ちゃんと国を守れる軍隊がないとこの国は危うい」
「ウチらの次の世代、そのまた次の世代にも、ヒナ様の作ったこの国が平和であってほしいんっすよ」
マンゴーをひたすら食べていたアイカも手を止めて、相づちを打った。
確かに、彼女らの言うことはもっともだ。
「なるほど……ヒナちゃんさんも難儀だな」
そんな外交関係を続けた先に、待っているのは悲劇だ。
トシヒコ氏やヒナ亡きあとに、何の対策もないと〝豊かで無防備な国〟だけが残る。
勇者自治区は草刈り場になる可能性が高い。
法王庁による宗教戦争かも知れないし、クロノ王国による併合の線も考えられる。
それに対して、スキル結晶で強化された兵士による近代的な軍隊をつくる。
実際、戦闘経験のなかった俺でも、回避+3をつけただけで紅の姫騎士リーザの攻撃を回避できるほどになった。
それを大量生産できれば、勇者自治区は英雄を必要としない強大な軍事力を得ることが可能だ。
まさに数十年先を見据えた、ヒナの国家戦略といえる。
「錬金術師アンナ・ハイムの紹介料は1億ゼニル。ヒナが交渉に成功したら、ボーナスでもう1億あげる」
「2億……」
エルマは今にも白目を剥きそうな感じで呆然としている。
レモリーは緊張した面持ちで俺を見る。




