225話・5000万ゼニルの厚意と裏取引
「……野菜の件は、年5000万ゼニルの予算を考えてみましょう」
勇者自治区と、俺たちのロンレア領で農産物の取り引きが成立した。
執政官ヒナ・メルトエヴァレンスの命により、自治区内の飲食店にヒアリングを行い、ほしい農産物のリストを作成する。
それに基づいて俺たちは生産を行い、指定された分量を自治区に卸す。
「5000万ゼニル。当家の1年分の収入に当たりますわね……」
エルマは明らかに動揺していた。
突然、領地の収入が倍になるのだから無理もない。
ただ、気になるのが農作物の買取が定額制という点だ。
サブスクリプション=予約購読、定期購入。
「野菜によっては単価の安いものもあるでしょう。ウチとしても単価の高いマンゴーばかり買わされるより、必要な野菜を必要な分だけ分けてもらう方が便利じゃない?」
ヒナの言うとおり、この仕組みはお互いメリットが大きい。
たとえば、利益を上げにくい大豆やじゃがいも、タマネギ。
飲食店では使う量も多いから、たくさん生産する必要がある。
しかし単価が安い上に、自治区の人口はせいぜい1万人なので利益が上げにくい。
なので、高額な野菜とセットにして定額で必要な分だけ生産するのは効率が良い。
それに、万が一自然災害か何かで不作の際にも収入を保証してくれるのはありがたい話だ。
「とても良い条件です。良すぎるくらいだ。ただ、万が一そちらの指定した品質を満たせない場合、違約金などは発生してしまいますかね?」
問題は、自治区の求める品質をこちらが満たせるかどうかだ。
マンゴーの出来を見る限り、まず大丈夫そうだけど。
「ママのお友達から違約金なんて取れないよ。不作のリスクも引き受けましょう。ただ、ひとつだけ条件があるの」
「……と、言うと?」
俺は息を呑んでヒナを見る。
「5000万ゼニルの余剰金で、ママの炊き出しを事業化させてほしいかな」
「ちょっと待ってヒナちゃん、どうしてわたしが出てくるのよ?」
驚いた小夜子が話に入って来た。
ヒナは平然と答える。
「ロンレア産野菜を、自治区が年5000万ゼニルで買い取る。当然、余りものの野菜が出てくるでしょう。それを炊き出しに回したいのが、直行くんの考えてるところでしょう」
「お、おう」
さすがにヒナちゃん。そんな事、俺は一言も言ってないのにお見通しか。
「当然人出が要る。なので、その資金源を5000万ゼニルから賄ってほしいのよ。一人当たり年間120万ゼニルで20人雇っても、2400万ゼニル。残りは直行君たちの取り分で」
「それだと、炊き出しの資金のために当家の収益が減ってしまいません事?」
エルマが首を傾げながら話に加わる。
「うん。でも、ヒナが炊き出しの費用を全額出すと言ったら、ママは断ってしまう。だから直行君を噛ませて、ママの炊き出しの事業化を応援したいって事」
「それじゃあ、あたくしたちが必死に野菜を生産しても、二束三文という事になりません?」
5000万と言いながら、こちらの懐に入る金額は2600万。
額面上はロンレア家の収入が、一気に1・5倍になる。
しかし、定額なので収益を拡大できない上に、農業ギルドにも投資を続けないといけない。
経費もかかるだろうし、実際のところ収益はトントンかも知れない。
エルマが不満を言うのは理解できる。
「ヒナさん、もう少し良い条件にできないものですか?」
「エルマさん。事業というのは、何でもかんでもボロ儲けというわけにはいかないの。ママを巻き込んだ以上、この条件は呑んでもらわないとね」
「…………」
ヒナがエルマを嗜めると、彼女は柄にもなくうつむいて黙ってしまった。
「ヒナちゃん、そういう言い方よくないわよ! わたしの事はいいから、直行くんたちを応援してあげてよ」
「ママはちょっと黙ってて。何も問題ないから。ねえ直行君?」
「ん?」
「とぼけないで単刀直入に言いましょう。あなた、錬金術師とお友達でしょう」
錬金術師。
ヒナの口から出たのは、予想外の名だった。
「お、おう……」
「倫理欠如アンナ・ハイム。錬金術師の資格を持ちながら、どこの研究機関にも属さない、あぶれ者」
俺の背筋に冷たい汗が走った。
……よくご存じで。
「彼女を紹介してくれたら、紹介料1億ゼニル払うけど」
1億……という数字を出され、心の中で俺は大きく仰け反った。
しかし冷静にならなければいけない。
ヒナが錬金術師と接点を持って何をするつもりなのか?
……おおかた予想は付くけど、あえて聞いてみる。
「ヒナちゃんさん、錬金術師を巻き込んで何がやりたいのかな?」
「……ママのお友達だから言うけど、今から言う話は他言無用ね。いい?」
彼女は人差し指を自身の口元に宛てる。
ただそれだけの動作が、怖い。
「お、おう……」
「…………」
エルマとレモリーは、いっそう険しい顔つきになっていた。
何らかの魔力を発動させているのかも知れないが、魔法の素養のない俺には分からなかった。
「工場をつくって、スキル結晶を量産化したい。強い軍隊をつくりたいの」
ヒナは小夜子に甘えていた時とは別人のように、冷徹な表情で言った。
マナポーションの次はスキル結晶の量産化、か。
もしかしたら俺は歴史の流れに巻き込まれているのかもしれないと思った。




