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222話・ヒナを待ちながら

挿絵(By みてみん)


 エントランスルームは意外とこじんまりしていて、外国の古い銀行の受付カウンターのようなもので仕切られている。


 受付の席には、いかにも海外留学したことがあるような感じのお姉さんが座っていた。

 奥には事務スタッフと思われる男女が、書類に目を通したり、書き物をしている。

 皆、若くて意識が高そうだ。


「恐れ入りますが、お約束はいただいておりますか?」

「被召喚者の九重(ここのえ) 直行(なおゆき)です。ヒナちゃんさんと17時に会う約束があると思うんだけど……」

「大変申し訳ありません。失礼ですが、もう一度お名前をよろしいでしょうか?」 

 

 受付のお姉さんは少し警戒しているようだ

 俺たち4人を代わる代わる見て、日程表を眺めている。

 俺が改めて名乗ろうとしたその時、階段から見知った顔が現れた。


「直行クン、小夜子様! 久しぶり~!」

「アイカさん。その節は、どうもでした」

「アイカちゃん。ヤッホー!」

「えっ、こちらの方が()()小夜子様? これは大変失礼をいたしました。申し訳ありません。ヒナ様がママが友達を連れてくると仰っていたので……」


 アイカは気さくな性格ながらヒナちゃんの側近だ。


「ウチら、魔王討伐後に召喚されてる世代なんで、小夜子様とは面識なかったっすもんね。ウチ、40~50歳くらいのビキニ鎧着た女戦士さんを想像してたので」

「や~ね~もう」


挿絵(By みてみん)


 ピアスだらけな耳と、肩にハイビスカスの刺青をしているので、見間違えようがない。

 アイカは俺をまじまじと見て、笑いをこらえている。

 受付のお姉さんは申し訳なさそうに恐縮している。


「それはそうと直行クン。決闘裁判の話を聞いたよ。キスで女の子を落としたんだって。ヤッバいねー」


 アイカは口をとがらせて俺の方へ急接近し、吐息が唇に届きそうなほどの危ない距離に迫る。

 しかし、すかさずレモリーが間に入り、手のひらでアイカを遮った。


「いいえ。そのお話は誇張されていますね。直行さまは吹き矢で戦いました。私もお嬢様も感心するくらいの戦闘巧者です」

「なるほど。レモリーさんは、彼の事が好きなんだね。上手くいってる?」

「はい」


 レモリーの答えには、恥じらいも迷いもなかった。

 アイカは俺とレモリーの顔を見比べて、うんうん頷いている。

 小夜子は、会話に入って良いか分からず、とりあえずニコニコしている。


「本当に失礼しました。現在ヒナ執政官は要人と面会中ですので、もうしばらくお待ちいただけますか」


 代わりに間に入ったのは、受付の女性だった。

 先ほどまでと同様に、警戒は解いていないものの、少しだけ和らいだような気がする。


 それにしても……。

 相手はクロノ王国の勅使と言っていたが、会談が長引いているのか。


「直行クン。小夜子様が一緒なら、執務室に上がってヒナ様を待ってればいいじゃん。6階まで階段を上がるの大変だけど!」

「そうだな。すみませんがちょっと台車をここに置かせてもらえますか?」


 俺は、台車から荷箱を抱え、階段のある方へ向かった。

 さすがにマンゴーと大海老の入った木箱を持って6階へ上がるのはキツイ。

 そこで小夜子と二人がかりで荷物を運ぼうとした。

 

「あの、お荷物は厨房から昇降エレベータで上げられますよ。どうぞお使いください」

「それは助かります。では、お言葉に甘えて……」


 木箱を係の人に渡す。

 事務方だと思われた若い男性は、海老とマンゴーの敷き詰められた木箱を軽々と持ち上げ、厨房に入っていった。


 厨房があるのであれば、すぐに調理できる。

 でも、その前に追熟の状態や活き海老の鮮度を見てもらう方がいいか。


「じゃあ、俺たちは階段を上がろう。レモリー、その荷物は俺が持つよ」

「いいえ。大丈夫です」

「いいよ。俺が持って行くから」

「いいえ。ですが……」

「……大して重くもないし、誰が持っても同じでしょう。早く行きますわよ」

 

 俺とレモリーが宝石の入った小箱を押し付け合っている間を、エルマがすり抜けていく。

 皮肉も茶化しも一切なく、淡々と上っていく姿は、いつものエルマとは違う。

 アイカは受付でカードキーを預かり、俺たちを案内してくれた。


 ◇ ◆ ◇


 螺旋階段で6階まで上るのは、けっこうな労働だった。

 アンティーク調なのは、ヒナちゃんの趣味なのだろうか。

 階段は六角形の渦巻き型で、上品な色遣いだ。半階ごとに踊り場がある。


 たぶん北海道の旭川市にあった「雪の美術館」の螺旋階段がモデルだと思われる。

 そういえば、そこは俺がこの世界に呼びだされる直前に閉館が決まったとニュースになっていた。

 ヒナちゃんはその情報は知らないと思われる。

 

「ヒナちゃんは飛べるから、吹き抜けのところから一直線で来られるけど、わたしたちにはしんどいわね。汗かいちゃった」


 小夜子が額をぬぐうと、アイカが少し驚いたような顔をした。


「小夜子様は飛べないのですか?」

「うん。わたしには魔法の才能がないから」

「いいえ。ですが小夜子さまは絶対的な防御スキルをお持ちです」

「そうなんですね。ウチも魔法使えないんで、仲間だ」


 アイカは照れ笑いしながら、6階の踊り場にあるアンティーク調の扉にカードキーを差し入れた。

 そしてドアノブのところにあるダイヤルに暗証番号を入力し、扉のぞき穴=ドアアイを覗き込んでいる。


「中に誰もいないのに、のぞき穴を見るんですか?」


 ふしぎに思った俺は、聞いてみた。


「ウチの顔認証」

「顔認証があるなら、暗証番号いらないんじゃ……」

「変身魔法があるから、二重ロックは必要なんだ。一応、執務室には機密文書もいっぱいあるし」

「アイカさん、そういうの喋っちゃダメなんじゃないか?」

「あ……今のなしで!」


 ヒナちゃんの許可もなしに、そんなところに勝手に入っていいものなんだろうか。


「やっぱ俺たち踊り場で待って……」

「ママ、皆、お待たせ」


 そう言いかけた俺の背後から、ヒナちゃんは現れた。

 吹き抜けになっている螺旋階段の中央部分を、飛行魔術で一気に抜けて、空中に静止している。


 勇者自治区の執政官・賢者ヒナ・メルトエヴァレンスの姿がそこにあった。

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