221話・思いがけないデート
「はい。おはようございます直行さま」
朝、目が覚めるとレモリーが部屋に来ていた。
キングサイズのベッドの隣に立っている。
いつもの紺色のメイド服にホワイトブリム姿だ。
「起きるのを待っていたのか」
「はい。今日の予定はいかがしましょう?」
レモリーはどうも人の寝起きに枕元に立つ癖があるようだ。
「ヒナちゃんさんとの約束の時間は17時だったな。それまでに見て回りたい場所がいくつかある」
「はい。私もお供いたします」
せっかくの休暇なのだから、何も従者の格好でなくとも……とは思うが。
彼女はそのような生き方しかできない。
俺としては、彼女に負担のない範囲で、人生の選択肢を広げられたらと思う。
……そんなふうに思うのは、俺の傲慢かも知れないけれども。
「屋敷のトイレを水洗化したいんだが、自治区の業者に見積もりを頼もうと思う。ホームセンターみたいなところがあるといいけど、フロントに確認してみよう」
「はい。では、私が手配いたしますね」
俺は起き上がり、ナイトガウンを着たままで書き物机の前に座り、メモを取る。
今日、17時の会談までにやるべきリストを箇条書きにしてまとめた。
・水洗化工事の見積もり。
・自転車を買う。
・ホームセンターでDIY用品やインテリアを見て回る。
・野菜や果物の種なども見られたら購入したい。
・電気屋があれば寄り、冷蔵庫や電子レンジがあれば買う。
・現代日本の調味料なども仕入れておきたい。
会談後はおそらくディナーだろうから朝食はホテルで食べるとして、昼食は軽めにとっておくか。
◇ ◆ ◇
俺とレモリーは昼過ぎまでかけて、朝の日程を消化した。
エルマは調子が悪いらしく、ホテルに籠って本を読んでると言っていた。
小夜子はトレーニングと、ビキニ鎧の洗濯に挑戦するらしい。
クリーニングを呼べばいいのに、恥ずかしいから自分で洗うそうだ。
そんなわけで、俺とレモリーは二人きりで勇者自治区での用事をこなしていく。
「はい。直行さま」
レモリーは嬉しそうに俺に付いてくるので、とても愛おしい気持ちになる。
俺はいま、すごく幸せだ。
これは、付き合っている、という状態なのだろうか。
そういえば俺には彼女らしい彼女がいたことがなかったので、よく分からない。
水洗化工事は、場所が場所だけに施工開始が10日後になってしまうが、料金は200万ゼニル。
ロンレア領には下水道がないので、環境のためにも浄化槽は必須。
もちろん温水洗浄便座付きだ。
異界人による文化侵略と言われそうだが、衛生的なトイレは、快適な生活環境には欠かせない。
少なくとも俺が住むには、そうしたかった。
自転車に関しては、ママチャリを1台買えただけでも幸運だった。
冷蔵庫と電子レンジについては、残念ながら在庫がなく、1年待ちの状況になってしまった。
勇者自治区といえども、大量生産社会ではないのだから、これは仕方がない。
結論として、まずまずの収穫といったところか。
もっともこの出費で、マナポーション横流しで得た収益をほぼ使い果たしてしまったけれども。
この投資は今後、何倍にもなって返ってくると信じている……。
「昼食は軽めに食べておこう。あ、でもレモリーって、昼食を食べる習慣がなかったっけ」
「いいえ。軽いものでしたら、お茶と共にいただきます」
俺たちは喫茶店で軽めの昼食をとった。
久しぶりに飲んだブラックコーヒーと、トルティーヤで野菜やベーコンを巻いたBLTハイローラー。
生まれて初めてコーヒーを飲んだレモリーは、何とも言えない顔をしていた。
「はい。異世界の方は、このように苦い飲み物を愛好するのですね」
「苦手?」
「はい。でも、深みのある不思議な香りです」
俺も、思いがけずレモリーとデートができて幸せな気分だ。
しかし、彼女は何とも手際が良い。
約束の時間の3時間前には、俺は日程を消化してしまった。
つくづく優秀な秘書だ。
一刻も早くロンレア家とは従者の引き継ぎを済ませて、俺と一緒に働いてもらいたいものだ。
◇ ◆ ◇
約束の時間まで1時間と迫ってきたので、俺たちはホテルに帰って会談の準備をする。
場所は、勇者自治区のランドマークであるサンドリヨン城。
ここからだと徒歩10分くらいだろうか。
俺たちは支度を整えて、出発する。
「直行さん。交渉はお願いしますわね」
「おう。まかせろ」
俺はロンレア領から持って来た特産品のマンゴーと大海老の入った箱を、ホテルから借りた台車に乗せて運ぶ。
宝石を収めた木箱はレモリーが持った。
「じゃあ、ヒナちゃんとこへレッツラゴー!」
小夜子の掛け声とともに、俺たちはサンドリヨン城を目指す。
俺は新調したベストとスカーフタイで、装いを新たにした。
レモリーにも秘書っぽいスーツに着替えてもらった。
エルマは深紫のドレス。
小夜子は、彼女らしくないカットソーとワイドパンツ姿だ。
この4人で歩いていると、人々は「この人たちはどんな関係なんだろう?」という顔で、こちらを見る。
気持ちは分かる。不良貴族っぽい格好の俺が海老や果実を乗せた台車を押し、クールビューティーのレモリーが宝石の入った木箱を持つ。
そこに伯爵令嬢エルマと、勇者自治区の住人っぽい装いの小夜子が続く。カオスだ。
「それにしても、サンドリヨン城が行政の本庁舎なんて、何と言ったらいいか……」
俺たちは夕焼けに照らされたサンドリヨン城を見上げながら、エントランスルームへと進んでいった。




