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220話・商談の前夜

挿絵(By みてみん)


 ハンバーガー店で夕食を楽しんだ俺たちはホテルに帰った。


 店からホテルまでの道のりは、ここが剣と魔法の世界なのを忘れてしまいそうなくらい、明るかった。

 華やかなイルミネーションは、暗い夜を明々と照らしている。


「いいえ。あれは光の精霊石でしょうか」

「単なるLEDじゃないですかね、直行さん」

「お、おう。よく分からんが、よくやるよ」

「この地面もゴムみたいねー」


 地面はゴムのような弾力のある素材で舗装されており、歩行のショックを吸収する特殊な加工がされているようだ。


「たぶん長時間歩いても疲れにくいやつだな」

「はい。それと直行さま、聞こえませんか? どなたかが歌っているようですが、姿が見えません」

 

 レモリーの言う通り、雑踏の中からは、かすかに女性の歌声が聞こえている。

 50〜60年代のジャズやソウルミュージックを思わせる、懐かしいメロディにクールでほのかに艶っぽい歌声が被さる。


「どこかでストリートミュージシャンが路上ライブやってるのかな?」

「聞いた事のある曲ですわ。メイビー・ギャガでしたっけ?」

「ギャガじゃなくて、27歳で夭逝したエイミー・ワインバーグの『黒の世界に戻って』じゃないか」

「でもこの声は、ヒナちゃんの歌声よ!」 

「マジかー?」


 俺は意表を突かれて、変な声を出してしまった。

 すぐに音の出所を探して、奥の通りに出る。

 しかしそこにはヒナちゃんの姿はおろか、歌い手の姿も人だかりもなかった。

 

「はい。風の精霊は、どうやらあの箱が音の出所だと示しています」


 なるほど街灯の上にスピーカーのようなものが括り付けられている。


「そういえばヒナちゃんからの手紙でカラオケがどうだとか書いてあったっけ」

「どこかで歌っているのでしょうか?」

「いいえ。どうやらあの箱で、録音した音源を再現しているようです。精霊術の応用でしょうか」

「それにしても、めちゃくちゃ歌上手いな」


 英語の発音は、たぶん向こうの人が聞いたら「違う」のかも知れないが、あの外見で洋楽のR&Bシンガーの曲を普通に歌える時点で、動画サイトでチャンネル登録者数は最低でも1万人以上は行くのではないか。


 収入にして、ざっくりと月10万円~。

 もちろん動画の長さや広告の種類や投げ銭システムなどもあるから単純計算できないけれども。

 やり方によっては月に数百万円~クラスも狙えただろう。


 動画配信で、それくらいの集客が最初から計算できるスペックは、超人レベルだ。

 俺などは当然お呼びではない。


「わたしたちトシちゃんと会う前はメルトエヴァレンス一座にいて、ヒナちゃんはそこの花形芸人でね。歌も踊りも凄いのよ!」

「……と、すると前世は芸能関係者とかですかね?」

「本人は絶対に教えてくれないけど、そうなんじゃないかな。わたしが言うのも何だけど上手すぎるでしょう。のど自慢で合格レベルじゃないわ。紅白出ちゃうレベルじゃない?」

「……で、ですが最近の歌い手さんのレベルは高いですから。それに芸能界はコネがモノを言う汚い世界ですし……」


 エルマの顔が引きつっている。

 勇者自治区に来て以来、いつも気圧されているけれど、今回のダメージはいちばん大きそうだ。


「彼女自身は、すっごい魔法使いなんだけどね」

「はい。それにしても〝賢者〟の二つ名を持つヒナ・メルトエヴァレンスさまは、本当に凄まじいお方なのですね」

「今は政治家やってるんだろう。チートっているんだなあ」

「それでファンタジー世界の天敵みたいな事してるんですものね……はぁ」

「そのヒナちゃんさんとは、明日会うんだからな。エルマ、彼女なんか厳しそうだから失礼のないようにしないとダメだぞ」

「…………」


 急にエルマは黙ってしまった。

 いつものように皮肉を返したり、変に弾けたりしない。


「大丈夫よ。わたしがついてるから!」


 小夜子が笑顔でフォローする。

 エルマは少し顔を上げて、笑った。

 この反応は、実に彼女らしくないので俺も少し心配になってきた。


 ◇ ◆ ◇


 ホテルの部屋割りは、スイートルーム四部屋が用意されていた。

 さすがに一人一部屋は広すぎるし、バスルームの掃除なども面倒だろうから男女別に二部屋にしてもらった。

 俺は一人で、エルマと小夜子とレモリーの三人でスイートを使う。

 キングサイズのベッドなので女性陣には川の字になって寝てもらおう。


 ちなみにVIPルームにはクロノ王国からの勅使一行が泊まるらしい。


「直行さん。部屋割りですが、レモリーと一緒の部屋でも良いですのに。正妻のあたくしなどお気になさらずに、中年同士の熱い夜を過ごされると良いですわ」


 ホテルに帰ると、エルマが少しだけいつもの調子を取り戻していたので安心した。


「正直そうしたいのは山々なんだけど、明日の商談相手がヤバすぎる」

「はい。ヒナさまは一筋縄ではいかないでしょうね」


 レモリーが少し寂しそうだったけど、彼女も相手の手強さは理解しているようだ。


「わたし、そんな凄いヒナちゃんに、ママ、ママなんて言われて……。正直どうしたらいいのか分からないのよ」


 結局、部屋割りは男女別に泊まることになった。

 俺は明日に備えて、ヒナちゃんと想定される会話などを予習しつつ、早めの床に就いた。

 ……。








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