219話・アメリカ式な夜
勇者自治区のハンバーガーショップで、俺たちは夕食をとることにした。
この店はレトロアメリカンな内装で、ネオンの看板やらブリキの看板、サインプレートなどが所狭しと置いてある。
入り口のところではアロハシャツやボーリングシャツなどのアパレル商品が売られていた。
雑然としていながら雰囲気にまとまりがあり、古き良きアメリカ風文化を満喫できる。
アメリカ風とはいうものの……ここは異世界で、この店をつくったのはたぶん日本人なんだけど。
「直行くん、何を注文する? 皆で同じものにする?」
「とりあえず大皿でシーザーサラダとか頼んで、後はめいめいが好きなものを頼めばいいんじゃないか?」
「じゃあわたし、ナイアガラチーズバーガーとメロンソーダフロート」
「……ふーん。あたくしはパンケーキで良いです」
「俺はクラシックアボカドチーズバーガーとコーラ。レモリーはどうする?」
「はい。私は直行さまと同じものをいただきます」
メニューを見ながら、俺たちはそれぞれ好きなものを注文する。
ウエイトレスは弾ける笑顔で接客し、ローラースケートを滑らせて厨房に注文を伝えに行った。
「コーラなんて飲むの何カ月ぶりだろう」
「はい。私は初めて頂きます」
「あたくしパンケーキを食べるの前世以来ですわ」
「お前はタピオカばっかだったもんな。しかし、エルマは甘いものしか口にしないのな。糖尿病になっても知らないぞ」
「妻の心配をしてくれるなんて、心優しい旦那様ですわね♪」
「お、おう。共同経営者だけどな」
「直行くんとエルマちゃんって仲いいわよね。羨ましいわ」
俺たちが雑談しているうちに、大きなお盆を持って、ウエイトレスが料理を運んできた。
揚げたポテトと、ハンバーグの匂いが何とも食欲をそそる。
「すっごーい! チーズが溶けて滝みたいになってる。本当にナイアガラだわー」
「舌をやけどしそうですわね」
小夜子が注文したナイアガラチーズバーガーは、文字通り溶けたチェダーチーズがバンズからあふれ出て、付け合わせのポテトフライにまで達している。
そして、毒々しいほどのエメラルドグリーンに輝くメロンソーダには、真っ赤なチェリーとバニラアイスが浮かんでいた。
大皿のシーザーサラダを小夜子が器用に小皿に取り分ける。
その姿は、とても世界を救った英雄とは思えない。
まさに定食屋の看板娘といった感じで、微笑ましい。
「小夜子さん、あたくしサラダいりませんわ」
「野菜食べなきゃダメよ、エルマちゃん」
一方、レモリーは小皿によそられたサラダを見ながら、申し訳なさそうにうつむいていた。
「いいえ。小夜子さま。この生野菜の取り分けは本来であれば私がやるべきところなのに、気が回らずにお手伝いもできませんでした……」
「気にしないでレモリーさん。わたしお節介なのでつい手が出ちゃうのよ」
「はい。お気遣いありがとうございます……生野菜いただきます」
レモリーは生野菜とわざわざ言い、ひとつひとつの葉を、真剣な顔で見つめながらサラダを食べている。
「そういやレモリーは生野菜を食べる習慣はなかったか。たぶんこのロメインレタスは水耕栽培だから衛生的だと思うよ」
「はい。え、水で野菜を育てるのですか?」
「水と液体肥料と照明器具で野菜を育てる仕組みだ。土を使う場合もあるけど、ちょっとだけだ」
「はえー土がなくても野菜ってできるんだ!」
昭和の時代から来た小夜子も、驚いて目を丸くしている。
「小夜子さん、カイワレ大根なんかも水耕栽培ですわよね」
「カイワレなら知ってるわ。でも昭和40年代までは高かったのエルマちゃん知らないでしょう」
「そんな昔の事なんて知りませんわ」
「……うっ。で、でも直行くん、よくこのレタスが水耕栽培だって分かったわね」
「厨房の奥にあるのがそうじゃないか?」
ウエイトレスが行き来している先の向こうに、縦型水耕栽培システムの装置がある。
ちょうど俺の座っている位置からだと見える。
「あたくし、あんなの知りませんわ。一般的じゃないでしょう?」
「2010年くらいに、都内に店舗併設型の植物工場ができたのがニュースになった」
エルマの言う通り、その後、一般的に広まったという話は聞かないし、実際に俺も見かけた事はない。
ただ、個人用の水耕栽培キットは安価で買えるようになったのは確かだ。
俺もアフィリエイト記事を書いたことがある。
「耕作地がなく、輸送手段も限られてしまう勇者自治区では需要があるシステムなのかもしれない」
勇者自治区内で輸送トラックを見たことがないし、人口1万人弱の街と元の世界を単純に比べるわけにもいかない。
「そっかー。でもさあ、こっちに来て思ったのは、生野菜がとても貴重だってことよね」
「はい。私はBAR異界風を知るまで、野菜を生で食べることに抵抗がありました」
「それは、どうして?」
小夜子とレモリーが話している内容が気になったので、俺は尋ねてみた。
すると、答えてくれたのは意外にもエルマだった。
「……畑などでは肥料に人糞が使われておりましたからね。こちらの世界に本格的な衛生観念が導入されたのは、魔王討伐戦後ですから……」
エルマは自治区に来てから何となく覇気がない。
それでも、比較的ていねいに説明してくれた。
「……転生者のクバラお爺ちゃまが主導するロンレア領の農家さんたちは、ひょっとしたら食べていたのかもしれませんが、一般的ではありませんでした」
「そう、だよなあ」
「はい。すべてが一変したのは、魔王討伐以後です」
「魔王が倒されて、異界人の価値観がもたらされ、旧王都にも衛生的で新鮮な農作物が届くようになりましたから」
「はい。それにしても、生野菜って瑞々しくて本当に美味しいものですね」
俺からしてみたら些細な食文化の変化の裏にも、異世界転移者たちの影響がある。
レモリーが感動しながらサラダを食べる姿に、何だか俺まで新鮮な気持ちになった。
「ハンバーガーをコーラで流し込む。めっちゃ体に悪いと思ってても、美味いんだコレが」
「ジャンクフードの魅力って良いですわよね♪ 大量生産&消費社会が懐かしいですわ~」
「いいえ。この、コーラという飲み物は刺激物です」
レモリーはコーラを一口飲んで心底驚いていた。そしてもう一口飲んで、目を丸くしている。
「コーラのシュワシュワは、レモリーさんには刺激が強すぎたかな」
「はい。まさに異世界の飲み物だと思いました」
それにしても……。
コーラはともかくとして、すでに水耕栽培システムまで導入されているのには驚いた。
俺はアボカドチーズバーガーを頬張り、コーラを飲んだ。
レモリーには何もかもが斬新だったようで、バンズとパティ、アボカドを器用に分解して食べている。
彼女が飲み切れなかったコーラを、エルマがもの凄いスピードで飲んだ。
高級レストランも良いが、こんな夕食も悪くない。
元の世界にいた時は、少年野球の試合の後に、よくハンバーガーチェーン店で打ち上げをした。
学童野球大会のスポンサーが有名ファストフードチェーンだった事も思い出されて、妙に懐かしい気分だ。
もうあれから20年が経つ。
ずっと曇り空だった俺の人生に、かすかな青空が見えているような気がした。




