21話・公衆浴場で実演販売!
俺とエルマお嬢様と従者レモリーは、貴族街の公衆浴場を訪れた。
ひとくちに公衆浴場といっても、貴族街と下町で内装はまるで違った。
貴族街のそれは古代ローマの公衆浴場のような石造りでアーチ形の窓がついている。
歴史的な建造物というより、最近のスーパー銭湯を思わせる。
日本人の異世界転移者が関わっているのだろう。
さすがにファンタジー世界でも混浴ではなく、脱衣所は男女別で、浴室内も大きな衝立でへだてられている。
男湯は静まり返っているけれども、女湯の方からは賑やかな話声が聞こえてくる。
「ご覧なさいレモリー。成熟した女体の何と艶やかなこと♪ 女体は良いですわね♪ あたくしも早く大人になりたいですわ♪」
「いいえ、お嬢様。公衆の場でそのような発言はお控えになってください」
衝立の向こうで、エルマがはしゃいでいる声が聞こえてきた。
それをたしなめるレモリーの声もする。
「あ、そうだ直行さま。サンプルの化粧水、お貸し頂けないでしょうか。口を開けたもので構いませんので……」
レモリーは化粧水がすっかり気に入ったようで、リクエストしてきた。
俺は脱衣所に置いたサンプルを一つ持ち出し、衝立の上からレモリーに渡した。
一瞬、スレンダーな肢体が見えたのはラッキーだった。
さて俺はゆっくりと風呂を堪能することにしよう。
石けんやタワシやタオルなどは受付で一式80ゼニルでレンタルすることができた。
人の使ったタワシやタオルを共有するのには抵抗があるけれど。
大量生産・大量消費ではない世界なので致し方のないところか。
風呂上がりの俺は、女湯の脱衣所がさらに騒がしいことに気がついた。
レモリーとエルマの声に、他の女たちの歓声が続く。
「さあさあ、ご覧あそばせ、この美肌♪ 当家に仕えて40年の一向に衰えぬツヤツヤ肌♪」
「いいえ、お嬢様。お仕えして15年です」
「当家が誇るクール&ビューティーのヒミツを知りたくはなくて?」
「いいえ、お嬢様やめてください!」
「ほらほら、レモリー、もっと見せつけるのです♪」
「いや、やめてください!」
何をやっているんだか……。
まあ、男湯から盗み聞きしてる俺も人のことは言えないけれども。
「あら従者さん、それはなあに?」
「はい。これは化粧水というものです」
「化粧水? これを顔に塗るんかい? ババアでも若返るかねえ」
「はい。これはお風呂上がりの肌が突っ張らなくなる効能がありますのよ。奥様もお使いになられます?」
「あら、良いんですの? オホホホ」
「……あら、あらら。本当にお肌スベスベ」
「こらぁ良いねえ! 久しぶりにお父ちゃん誘っちゃうよ」
公衆浴場での他愛もない話が、まるで実演販売のような有様になってきた。
いや、この手は使えるかもしれない。
ステマかも知れないが、この世界ではまだ批判される対象でもない。
やったもん勝ちだ。
思わぬところで、販売の糸口はあるものだ。
その日は売れはしなかったものの、明日への糸口はつかめた。
◇ ◆ ◇
翌日の朝食の席で、俺は2人に提案してみた。
メニューは例によって干し肉と硬いパン、そして豆のスープ。
コーヒーが飲みたいところだが、そんなものもないし。
ミッションを達成しなければ、当たり前の日常を取り戻せないのだ。
「エルマもレモリーもちょっといいか? いい営業方法を思いついたんだけど」
「伺いましょう?」
「旧王都中の公衆浴場にサンプルを置かせてもらって、レモリーが実演販売するという営業方法はどうだろうか?」
「それって、なんとかネットタ○ダですか直行さん」
俺の提案をエルマは一笑した。
「昨夜の浴場で盛り上がってたろ。あの一件からヒントを得たんだが、スキンケアを実演しながら、お客に販売していくのは有効じゃないかと思ってな」
「ヤラセっぽいっていうか、安っぽい手段じゃなくって?」
「いえ。私は悪くない案だと思います。……その、少し恥ずかしいですが」
「レモリーが賛成してくれるなら、やる価値はある」
「あたくしは賛成してませんけどね」
「とりあえず俺が公衆浴場を回って話をつけてくるよ。その間、2人にはラベルの作成と製品づくりを頼みたい」
エルマとレモリーにラベルの生産を頼んで、俺は街に出て浴場を回った。
思いついたことをやる。
期日までに在庫を全部売りさばかなければ俺は死ぬ呪いを受けている。
時間が限られている以上、できることをやり続けるしかないのだった。




