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217話・二度目のホテルと皆でおめかし


 勇者自治区のVIP御用達ホテルは、物々しい警備体制が敷かれていた。


挿絵(By みてみん)


 ヒナちゃんの話では、クロノ王国の要人を迎えているという。

 間違いなくその影響だろう。


 濃紺の制服に身を包んだ背の高い男たちが、眼光鋭く周囲を伺っていた。

 胸にはトランシーバーを装着し、時折状況を確認し合っている。


「全員が手練れの術者で、近接戦闘のスキル持ち。これではふざけた事もできませんわね……」


 さすがのエルマも緊張した面持ちで、大人しくしている。

 

「待ち合わせ場所をロビーにしたのは失敗したな。居心地が悪いったらない……」


 通りすがりの人たちの中で、俺たちの姿は浮いている。

 自治区の住人は、Tシャツやチュニックなどのリゾートっぽい格好だ。


 本来であれば、この手の高級ホテルをうろつくにはスマートカジュアルが基本だろうけれども、警備員を除いてはラフな格好の者が目立つ。


 ファンタジー世界の領主と令嬢の装いは、高級ホテルにはふさわしいはずなのに、なぜかかえって悪目立ちをしてしまった。


「このホテルに予約済みの者ですが、連れと待ち合わせをしていますので、しばらくロビーで待たせてください」

「……失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですか?」

九重(ここのえ) 直行(なおゆき)です」

「被召喚者の方ですね。どうぞ」


 一応、フロントには予約済みの事、待ち合わせをしている件を伝えてみたが、従業員はどこかよそよそしい態度だった。


「はい。お待たせいたしました、直行さま。お嬢様」

「お待たせ~。こないだ来た時とずいぶん違うねー。やっぱり要人が来てると物々しいわねー」


 10分ほど待った頃に、レモリーが馬車で、続いて小夜子が徒歩でやってきた。

 馬車には、結構な数の石鹸やシャンプー、スキンケア商品が積み込まれている。

 改めてフロントでチェックインを済ませて、カード型のルームキーを受け取る。


「ヒナ様よりお話は伺っております。小夜子様と皆々様、お待ちしておりました。どうぞ快適な一夜をお過ごしくださいませ!」

「ありがとう。でも、その前にわたしたち食事をしてくるわね」

「それでは馬車の方は当ホテルが責任をもってお預かりさせていただきます」


 馬車は係の者が預かり場所まで誘導する。

 積み荷などもしっかり管理してくれるのはさすがだ。


「プロのホテル従業員なのに、小夜子さんが来てから、急に愛想が良く変わりましたわね」

「仕方がないだろ、小夜子さんは英雄だし。それに新王都から要人が来ていて警備でピリピリしているから、俺たちも警戒されていたんだろう」


 俺たちは一旦スイートルームに入って支度をする。

 部屋割りはまだ決めていないので、一室だけ使い、手荷物を置いたり化粧直しをする。

 

 レモリーは買ったばかりのチークやアイシャドウを嬉しそうに試している。

 普段化粧っ気のない小夜子は、ゴージャスに変身していくレモリーに目を丸くしながらも、嬉しそうだ。

 

「…………」

 

 一方、エルマは借りてきた猫のように大人しかった。

 勇者自治区の高級ホテルは、クラシカルな雰囲気でありながら、消火設備や非常口など、近代的な設備も当然のように兼ね備えている。

 部屋には冷蔵庫もあるし、トイレは温水洗浄便座付きだ。

 その様子に圧倒されていた。

 

 無理もない。

 転生してからのほとんどの時間を引きこもって暮らしてきたのだ。

 異世界で13年ぶりに目の当たりにする前世の文明の利器。

 唖然とするエルマの反応は、当然のことだ。


「せっかくだから、エルマもおめかしするか? まだ時間があるし、ルームサービスで仕立て屋を呼ぶ? 高いけど」 

「……いえ、結構ですわ」

「どうしたの? 何かいつものエルマちゃんらしくないわね。さっきのフロントの対応に、気を悪くしてしまったのならわたしからも謝るわ。ごめんなさい」

「小夜子さんが謝る必要なんてありませんわ」

「でも……」


 髪をほどいて結び直し、アイラインを入れた小夜子が、ふしぎそうに首を傾げた。

 なるほど化粧をしていくと、ヒナちゃんのような華やかな雰囲気になる。

 それでもポニーテールとメガネ姿はやっぱりどこか垢ぬけなくて、もっさり感は残る。

 でもそれが彼女らしい、親しみやすい印象を与えていた。


「…………」


 エルマは黙ったままだった。

 勇者自治区に入って、彼女は明らかに様子が変だった。

 いつもなら意味不明なテンションで一切合切を茶化すのに、変に真面目で元気がない。


 もっとも、俺もハチ公を見て言いようのない不安に駆られてしまったので人のことは言えないが。

 そんな不安に打ちのめされた俺を、抱きしめてくれたのはエルマだった。


「お父様とお母様が、異世界人のことをおぞましいと言っていた意味が、少しだけ分かりましたわ」

「どういう事だ?」

「あたくしが転生者として縮こまって暮らしてきたのに対して、ここの人たちは我が物顔でこの世界を闊歩していますわね。直接世界を救ったわけでもないのに」

「魔王討伐軍にはいたんじゃないの? 勝てば官軍じゃないけど、人は勝利者の側にいると、自分たちこそが絶対的に正しい! なんて思いがちだよな」

「それを、傲慢というのですわ!」


 エルマは頬を膨らませながら、支度をしていた。

 確かに、そう思う彼女の気持ちも理解できなくはない。

 

 最初に来た時にも微かに感じた、勇者自治区の一面=傲慢な異世界転移者の姿。

 2度目の来訪で、より明確に感じることができた。


 彼らは、やりすぎているのかもしれない。

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