214話・ラーメン☆銀河天国物語1
勇者自治区には、オープンカフェはあってもフードコートはない。
モチーフは有名テーマパークだが、商店などの雰囲気は東京の表参道や中目黒に近い。
あくまでも俺の先入観による印象だが。
飲食店街にあるお店も、どこか小洒落た印象で、地方出身の俺には何となくハードルが高かった。
エルマも、心なしか緊張している様子だった。
「お、エルマ。タピオカ屋あったじゃん。本日のおススメ黒糖タピオカ抹茶ラテだって。異界風のと違ってゴージャスだなオイ」
俺のテンションも田舎者丸出しで上がっている。
「……直行さん。どうも入りにくいですわよねえ……」
エルマが緊張しているのも分かる。
俺たちの格好は、浮いているのだ。
俺もエルマも、地方領主としては恥ずかしくない格好をしているつもりだ。
しかし、それはあくまでもファンタジー世界の住人らしいということだ。
ここですれ違う人たちは、思い思いの格好に身を包んだ尖ったオシャレさんばかりだった。
80年代リバイバルの10年代風もいれば、大正ロマン風、ストリート系もいれば、70年代ヒッピーを独自にアレンジした強者もいる。
クロップトップスにダメージジーンズを履いた、今にも踊り出しそうな女子のグループが、楽しそうに闊歩している。
ビッグシルエットからタイトシルエットまで、若者たちは流行に左右されず、思い思い自分の好きなスタイルを追求している。
着丈や髪型なども大胆にアレンジしており、混沌としていた。
それに対して、俺たちは田舎者丸出しというか、場違い感がすごい。
「勇者自治区って陽キャの国なんですね~」
「人目なんか気にするなよ、どこか入ろうぜ」
「直行さん、ここにしましょう」
面倒くさくなって、俺が適当なカフェに入ろうとしたのを、エルマが止めた。
彼女は俺の裾を引っ張って、向かいの店舗まで連れて行く。
「ラーメン☆銀河天国物語……?」
そこは、勇者自治区の飲食店街でもひときわ異彩を放つ屋号と建物だった。
黒い建物に、手書きの看板。豪快な筆遣いで「ラーメン☆銀河天国物語」と書かれている。
黄色い暖簾には真っ赤な字で、「秘伝のラーメン☆絶品のつけ麺」と記されている。
そして店の横には、やはり手書きで詩のような文字が躍る。
「『いっしょうけんめいだから、旨いんだなァ。いっしょうけんめいだから、たべるんだなァ』か……」
「ラーメンポエムですね。けっこういいことが書いてあるじゃないですか♪」
エルマは小躍りして店に入っていった。
よりによって、カロリーの高そうなラーメン屋とは……。
ディナーは多分フルコースだ。食べきれるかなあ……。
俺はそんなことを考えながら、しぶしぶと彼女に続いた。
「いらっしェアアアいィィィ!」
店内に入るや否や、怪鳥の叫びにも似た掛け声が響き渡る。
無言でラーメンを食べていた他の客らの箸が止まり、俺たちを見る。
行列はできていなかったが、店内はそこそこ繁盛しているようだ。
客層は男。
武骨な男からやさぐれたインテリ風、博徒風からスポーツマン風まで、さまざまな男たちがひしめいている。
俺たちは、呆然と立ち尽くしてしまった。
「……」
「聞きましたか直行さん♪ 威勢のいい声ですわね?」
「しぃーっ」
「……そこに食券があるんで。買ったら見せてください」
店主もまた、三国志の猛将のような大男だった。
魏の曹仁か呉の周泰を思わせる、不敵の面魂。
頭にタオルを巻き、目が隠れるほど深く下げている。
腕組みをして威風堂々、仁王立ちの姿はラーメン屋店主というよりも武人の鑑のようだ。
「直行さん、そこの木札が食券になってるみたいですよ」
エルマに勧められるままに、俺は食券代わりの木札を取る。
ひょっとしたら、麺の量とか「コール」とか、独特のルールがあるタイプの店なのか。
俺は少し緊張してきた。
「直行さん、あの店主。頭にタオル巻いてましたわねー♪ カッコいいですわねー♪」
店の沈黙を切り裂いて、エルマが嬉しそうに言った。
俺の背中を嫌な汗が流れる。
「……しぃーっ、黙ってろ」
俺は人差し指を唇に押し当て、超小声でエルマに言った。
そして俺たちは様子を伺った。
「こちらへどうぞ。食券を見せてください」
店主の勧めに従い、俺たちは席に着こうとする。
すでに俺は緊張のあまり前後不覚になっている。
恥をかくのは問題ない。
ただ、あまりにも店主が堂々としているので気圧されてしまうのだ。
「麺の硬さと量は、どうしますか?」
おそるおそる食券を差し出すと、店主が野太い声で聞いてきた。
麺を茹でる厨房は相当に暑いはずだが、店主は汗ひとつかいていない。
俺はおじけづく一方だ。
「この後も会食があるんで、少なめにお願いします♪」
「おい! エルマお前そんなこと言って失礼だろ! すいません大将ォ。普通で大丈夫です」
「いや。残されるより全然いいんで、少な目で大丈夫ですよ。硬さは、どうしますか?」
さっきより少し機嫌が悪くなったような気がする。
この場合、硬めとやわらかめのどちらが最適解なんだ。
迷う……。
「柔らかめでお願いしますわ♪」
「麺少なめの柔らかめ。ニンニク入れますか?」
「そのままでいいです♪」
「少々お待ちください」
エルマは明らかに適当に答えていた。
少しの迷いも見せず、こだわりも感じない。
店主はぶっきらぼうに頷くと、鮮やかな手並みで、麺を茹で始めた。
涼しげな顔で、まさに一騎当千の強者だ。
エルマは店主をほれぼれとみていた。
やがて麺が茹で上がると、店主はこれでもかとばかりにざるを打ち付け、湯切りする。
そしていつの間にやら用意した、ふたつのどんぶりに麺を落とす。
グローブのような手で、チャーシューともやしを掴むと、豪快に乗せる。
「お待ちどうさまでしたァアィ!」
気合い一閃、店主の掛け声とともにカウンターに置かれたふたつのラーメン。
もの凄い量の湯気が上がっている。
店主は腕組みのポーズで、俺たちを睨みつけるような視線を送っています。
うっかり語尾が敬語になってしまうくらい、威圧感満点だ。
「直行さん、見ました? 惚れ惚れしますわね~♪ これは、味の真剣勝負なんですわ」
「……しぃーっ。お前、静かに」
俺は緊張しながらも、割り箸を取り、手を合わせる。
エルマも嬉しそうに箸を取り、手を合わせた。
「……いただきまーす」
「いただきまーす♪」
それは、今まで食べたことのないようなラーメンだった。




