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213話・勇者自治区の散策


 勇者自治区で俺たちは二手に分かれることになった。


「じゃあ、わたしはメディカルセンターで健康診断を受けるから、夕方にホテルで合流しましょう」


挿絵(By みてみん)


 小夜子はサンドリヨン城に隣接する中枢エリアで健康診断を受ける。

 回復魔法や浄化魔法の存在する世界だが、全ての病気を癒せるわけではないらしい。


「わたしたちの大恩人で、討伐軍創設者のグレン座長は肺の病で亡くなったの。だからヒナちゃんは医療インフラ事業を進めてる。でも、現代医療と魔法の親和性は未知数だから、まずは自治区で率先的に研究してるのよ」 


 そのあたりの事は、来て二カ月足らずの俺には分からない。

 こちらに来て風邪ひとつ引いたことがないから、尚更だ。


「はい。確かに回復魔法は外傷向けですね。自動回復(リジェネ)などを応用すれば、体調不良には効果があるのかも知れませんが」

「そんなわけで、わたし実験台になってきまーす! 終わったらホテルでチェックインしておくよ。受付さんに言っておくから。後で合流して今晩は皆で一緒にご飯食べよー!」


 中枢エリアに向かった小夜子と別れ、俺たちは商業エリアに向かった。

 留守番をしてくれている魚面に、お土産を買うためだ。

 ロンレア領で役人をしてくれているディンドラッド商会やギルドの皆の分も用意しよう。


 テーマパークに馬車を乗り入れているのは俺たちぐらいだが、特に咎められはしなかった。

 もっとも、アリスでお馴染みのトランプ兵士の格好をして警備に当たっている者たちの強い視線は感じている。


「土産だけど、知里さんには赤ワインだろ。あと、スライシャーたちにも何か買っておこう」

「はい。それと(わたくし)は、替えのタオルもいくつか必要かと思います」


 レモリーが自分から意見を言うのは珍しい。

 そうやって彼女に少しずつ、好きな事ややりたい事が増えていくと俺は嬉しかった。


「そうだな。後は石鹸とかシャンプーとか。洗濯用の洗剤と柔軟剤もあると良いな」


 俺たちは、商業エリアの中で生活用品店の前に馬車を止めて、いろいろと商品を物色する。

 ドラッグストアというよりも、無印商品店や、都会の駅ナカにあるカルチャー・コスメ洋品店に近い。


 おそらく「ヒナちゃんの趣味なんだろうなあ……」という意識が高そうで洒落た感じのお店だ。


「いらっしゃいませー。良かったらお手に取ってみて下さーい」


 若い女性の店員さんも、臆面もなく自信たっぷりな笑顔。


 彼女が転生者なのか被召喚者なのか分からないが、趣味の手作り商品を扱うフリーマーケットの売り子さんや、学園祭で弾けるタイプの文化系女子だ。


 木製の棚には、色とりどりの小瓶や、手作り石鹸、バスソルト、天然素材のシャンプーなどが、いかにも洗練されたセンスで陳列されている。


「あたくしには、どうでもいい物ですわ!」


 エルマは興味がなさそうに、店の入り口付近をうろうろしていた。

 一方レモリーは瞳を輝かせて、うっとりしながら化粧品のサンプルを手に取っている。

 

「はい……。直行さまのいらした世界は、このような美しい色と香りに包まれていたのですか?」

「残念だけど、そうでもない。ここまで純粋にきれいなもので満たされていないよ」


 大人のビジネスは、もっとシビアだ。

 たぶんここで売られている石鹸の原料に、牛脂が使われた物はないだろう。

 合成界面活性剤も使われていないと思われる。


 手作り石鹸が80グラムで一個600ゼニル。元の世界でも1000円くらいが相場だ。

 使っているオイルの原価にもよるが、たぶん採算を度外視している。


 テナント料とか、客数、その他もろもろの経費を考えたら、けっこう経営は厳しいのではないか。

 そう考えるのは、俺の頭が大量生産・消費社会の価値観に染まっているだけなのかもしれないが……。


「ねえ直行さん、あたくしお腹が空きましたわ♪ 朝から何も食べてませんの」

「夕方まで我慢できないか? たぶん夕食はコース料理だぞ」

「コース料理なんて時間がかかるだけじゃありませんか? あたくしお腹空きましたわ!」


 店内を見ていた俺の裾をつかんで、駄々をこねる。

 現在、時刻は午後3時15分。

 確かに夕食までにはまだ3時間以上ある。

 エルマの事だから、タピオカでもすすらせておけば問題ないだろう。

 意外とアレはカロリー高いし、腹持ちも良い。


「レモリー。俺ちょっとエルマに何か食わしてくる。そこの時計の長い針が12を差しても戻らなかったら、待ち合わせ場所に行っててくれ」

「はい。承知しました」

「とりあえず予算10万ゼニルで、好きなモノ買っちゃって馬車に積み込んでな」

「はい」  

「用途が分からない商品があったら、店員のお姉さんに聞いてくれ。場合によっては他の店も回って良いよ。レモリーが必要だと思うようなモノを買ってくれ」

「はい!」


 レモリーは嬉しそうに返事をして店内を再び物色し始めた。

 

「んじゃ、エルマ行くぞ」

「直行さん。共同経営者の予算を愛人に貢がないでくれます?」

「どの道、石鹸やコスメは必要だろう。俺たちが量産して売るためにも」

「なるほど♪ 化粧品販売も視野に入れているのですか。確かに、この程度の店なんか大量生産品で駆逐できそうですものね♪ さすが直行さん。発想が極悪人ですわ♪」

「声がでかい! お前は発言が極悪人だ」


 俺とエルマは、カルチャー・コスメ洋品店を後にした。


「……」


 売り子のお姉さんの表情は分からなかったが、無言で俺たちを送り出してくれた。

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