211話・ビキニ鎧のお洗濯と、降って湧いたネットの話
ロンレア領から旧王都までの旅路は2日かかる
街道は整備され、馬車は滑るように走るけれども、日没後は宿を取る必要があった。
スライシャーたち3人組は、俺たちと食事だけ済ませると馬車で休んだ。
そして浮いたお金を、今後の生活費に充てるのだとか。
「これも冒険者の生活の知恵って奴ですぜ」
俺たちは来た道を逆にたどるように街の宿で休み、朝になると出発する。
道中、困るのが洗濯物だが、馬車の中にロープを張って干すことで解決した。
「今日もいいお天気だから、きっとよく乾くわよー!」
少々埃っぽいのと、小夜子の特大ブラジャーやレモリーのTバック下着が干してあるので、目のやり場に困るのが難点だ。
「レモリーのTバックは直行さんの趣味ですわね♪ イヤらしいですわねー♪」
「直行くん、彼女に着ける下着を強要してるの?」
「はい。直行さまはドレスの時は下着の線が出ぬようにこちらを。従者服の時はこちらと、指示を下さいました」
「ふーん。まあ、恋人同士で納得してれば、わたしが何か言うことはないんだけど。ふーん。直行くんって亭主関白タイプなんだねー」
「はい。私は現在、代替わりしたロンレア家にお仕えしています。直行さまにお仕えできることを誇りに思っています」
レモリーは眉一つ動かさずに、平然と馬車を駆る。
そんな彼女を小夜子はチラリと見て、今度は俺に落胆したような、何とも言えない表情を向けた。
俺は苦笑いをして、その場をしのぐしかなかった。
「そんなことより、小夜子さんはビキニ鎧を洗濯しないのですか? ちょっと剣道の防具みたいな、いい匂いがしますけど♪」
エルマが小夜子の荷物の中からビキニ鎧を取り出し、においを嗅ぎながら鼻で笑う。
その突拍子もない行動に、俺も小夜子もズッコケた。
「もー! 嫌ね、エルマちゃん。それスエード革の部分があるから、丸洗いできないのよ! だから自治区でクリーニングしてもらおうと思って」
「いや、小夜子さん。スエードって洗えるよ」
「ウッソー、シミになっちゃわない?」
話が変な方向に転がってしまったが、俺は真顔で説明する。
「濡れた布を使って、ゆっくり革全体を湿らせるんだ。そしたらスポンジにシャンプーをつけて、少し泡立って来たら洗うんだ。そしたらまた濡らしたスポンジでシャンプーを落とす。面倒だけど、ていねいにやれば出来るよ。後は陰干しでOK」
俺の説明に、小夜子はポカンと口を開けて聞いていた。
「……直行くんって、すっごい物知りだよね。おばあちゃんの知恵よりスゴイ。わたしビックリしちゃった」
「いや、靴屋さんとかのネット記事を参考にして、革の手入れの方法の記事とか書いてたんだ。そんでブラシとかレザー用汚れ落とし等のオススメ商品のリンクを張ったりする」
「?」
「直行さんは元の世界でアフィリエイターをやっていたんですって♪」
「……よく、分からないけれど。直行くんは、そういう仕事をしてたんだ。靴屋さんみたいな……?」
小夜子は全くピンと来ていなさそうだったので、思い切って俺は尋ねてみた。
「小夜子さん、インターネットって知ってる?」
「……名前だけは知ってるわ。トシちゃんと知里がよく『ちょwwwおまwwww』とか話してた。ヒナちゃんは『ドドタウン』とか『アラジン』とかってお店で買い物してたみたい。大きいお店みたいだけど、どこにあるの? 何度聞いても、よく分からないんだ」
俺とエルマは顔を見合わせ、頷いた。
「小夜子さんは俺たちよりも結構前の時代から来たんだな」
「……うん。昭和ね」
何となく「そうじゃないかな」と思っていたことが、本人の口から語られるとやっぱりショックだ。
もっとも、だからといって、俺たちにはどうすることもできない。
「転生者もそうだよ。トシちゃんは、わたしと同年代だけれど40歳で転生したって言ってた。ヒナちゃんは絶対に年齢を教えてくれないけど、トシちゃんをオジサン呼ばわりしてたわね、うん」
小夜子は明るく振る舞っているけれど、ヒナの話をするときは寂しそうになる。
いくら本人に母親の実感がないとしても、ヒナの母方の祖父や祖母の名前が自身の両親と一致すれば、信じざるを得ないだろう。
そして、その娘は亡くなっているのだから、複雑な気持ちであるのは間違いない。
「……俺たちって、結構バラバラな時代から連れて来られているんだよな。たぶん俺と知里さんも来た年代は違うはず」
「ピッピッピー♪ じゃあここで皆さんの生年月日カミングアウト大会とか、やります?」
しんみりした雰囲気を、さらに曇らせるようなエルマの提案だった。
「……やめとこう。それを知ったところで何かが変わるわけでもない。俺たちは、やって来た時代はバラバラだとしても、今この瞬間、この世界に生きている。それでいいよ」
「そうね! 直行くん、いいこと言った! わたしも頑張ろうっと!」
エルマやヒナのような転生者は、元の世界には戻れないのだろう。
俺や小夜子だって無事に元の世界に帰れる確証はない。
だけど、それでも俺たちは、自分たちの為すべきことをひとつひとつ積み重ねていくより他になかった。




