206話・マンゴーの試食と特産品の品評会2
俺たちは夕食を兼ねて特産品の試食を行うことにした。
男性陣はマンゴーやスターフルーツを洗ったり、大海老の下処理をする係。
レモリーと小夜子が手際よく皮をむいて盛り付けていく。
元・殺し屋で13歳までの記憶を失っている魚面には、社会復帰のために2人の手伝いをしてもらう。
エルマについては、邪魔をしなければいいといった認識だ。
「刃物で人を殺したことがナイからうまく皮剥けないヨ」
「物騒なこと言わないで、魚さん。貴女は日の光の下を生きるのよ! わたしたちと一緒に! ガンバって! ガンバ! ガンバ!」
「ソウカ。嬉しイ。ワタシ、頑張ル!」
2人の大真面目な掛け合いに、俺はドン引きして声が掛けられなかった。
いや、刃物で人を殺したことがないと言う魚面だが、俺には毒のナイフを使ったけどな。
ただ、小夜子と魚面が半泣き状態でマンゴーの皮むきをする様子は、何とも微笑ましい光景だと思えた。
「勇者自治区に売り込むとして、問題なのは鮮度だ。街道を馬車で3日の距離を、どうするか」
「冷蔵庫が欲しいところですが、あたくしの召喚術では、せいぜい氷が精いっぱいですわ」
「まあ氷があれば良いだろう」
熟れていないマンゴーを収穫して、輸送途中に追熟させるのも良いだろう。
問題は大海老だ。
「活きた海老を氷で運んだら死んでしまうよなあ」
「冷凍エビで良いではありませんか♪」
エルマは大して興味なさそうに言った。
「取引先は勇者自治区だ。あそこには異界風よりもさらに本格的な高級レストランがあって、舌の肥えた連中が大勢いる。半端な特産品じゃ、相手にされないぞ」
実際、昨夜食べた大海老も、ヒナちゃんをはじめとする自治区のセレブリティたちに気に入ってもらえるかは未知数だ。
「おがくずに入れて運べば大丈夫じゃない? 前に貴族から炊き出し用に活きた海老をもらったんだけど、濡れたおがくずに包まってたわ」
「そういやネット通販なんかで活きたクルマエビを注文すると、おがくずで梱包されてるよな」
小夜子の案に、俺は相づちを打った。
砂の中で生息するタイプの海老なら、活きたまま輸送できる。
◇ ◆ ◇
屋敷のダイニングルームは、南国の果実の甘い匂いに満たされていた。
皮を剥いた赤や黄色のマンゴー、カットしたスターフルーツなどが大皿に盛られている。
メインディッシュは大海老ときのこのアヒージョだ。
ロンレア領で採れたライ麦のパンや、セントラル湖で水揚げされた淡水魚などの塩焼きもある。
「いただきまーす」
俺たちは思い思いに大海老や果実に手を伸ばす。
麦酒が飲みたいところだが、酒場に行かないと飲めない。
旧王都から持ってきた異界風の白ワインを、アヒージョに合わせる。
エルマは冷ました花茶をストローで飲んでいる。
「素材は悪くないんだけど、輸送コストや利ザヤを考えたら加工食品を作った方が良いかもな」
「ドライフルーツやマンゴーのジャムなんてどうかしら?」
「はい。ロンレア領でも昔から作られていますね」
「問題は勇者自治区にどう売り込むか、だよな」
「テキトーな値段付けて売ったら、小夜子さんのコネで買ってくれるんじゃありませんこと?」
俺と小夜子とレモリーが主に話し、エルマが適当な事を言う。
冒険者3人組のうち、特にボンゴロは食べるのに夢中だ。
スライシャーとネリーは、2人だけで何やら話している。
魚面は、白ワインに口をつけながら何かを考えている様子だった。
「魚面、何か良い案があったら教えてくれ」
しかし彼女は、ほとんど料理には手を付けていない。
俺の問いかけに、申し訳なさそうな顔をした。
「直行サン。ワタシ、あまり役に立てテなくてすまなイ」
「何言ってるのよ、魚さん。マンゴーの皮むきとか手伝ってくれたじゃない?」
すかさず小夜子がフォローを入れるが、魚面は小さく首を振る。
「役に立ちたいんダ、皆ノ。でもワタシはモノを売ったこともないし、美味しいものが何ナノかも分からなイ」
「えっ? 法王庁とかで大亀とか美味しいって言ってたろ。マンゴーや大海老は口に合わないか?」
「美味しイよ。皆と食べルご飯、何でモ美味しイ。モウ人を殺さなくテ良いと思うと嬉しイ。でも、ワタシそれだけで良いのカなア……。もっと直行サンの役に立ちたいヨ……」
魚面は涙ぐんでいるようだった。
顔と記憶を奪われて、闇の稼業に生きるしかなかった彼女には、普通の生活がいま一つ実感できないようだ。
「それならエルマに正当な召喚術を教えてやってくれ。魔物召喚とか」
「分かっタ。決闘裁判の後にも言ってたナ。ただ、今ワタシの魔物は食人鬼4体ダケなのデ、初心者のお嬢サンには、コボルトあたりで慣れてもらウか」
「あたくしどうせなら龍とか派手な奴が良いですけれども♪」
「魔物召喚はウンと手間がかかル。魔物を召喚したら、死なない程度まで命を削ってカラ契約しなけれバならなイ。上級魔神は師匠と2人がかりデ3日かかっタ」
俺の提案に、魚面は嬉しそうに答えた。
エルマは微妙な表情だが、まんざらでもなさそうだ。
「はい。でしたら屋敷の地下に拷問部屋がありますので、そこをお使いください」
レモリーが無表情に言った。
「そういや俺がこの世界に連れて来られたのも、エルマの実家の地下だったな。あれも拷問部屋か?」
「はい。奴隷を〝教育〟するための部屋です。貴族の屋敷には大抵あるものです」
「……!」
俺はハッとして言葉に詰まった。
レモリーは人ごとのように言うが、彼女もそこで〝教育〟を受けたという事なのか……。
「はい。どうかしましたか直行さま?」
俺はそれとなくレモリーのそばに寄って、手を握りしめた。
彼女を名実ともに自由にしたい。
レモリーが望むままに、どこにでも好きな場所に行き、好きな服を着て、好きなものを食べさせてあげたい。
エルマが何を言おうとも、たとえ俺がこの世界から帰るとしても、それだけは達成したいと心から思った。




