205話・マンゴーの試食と特産品の品評会1
役場にて。
俺たちはギルド関係者の訪問を受けるなどの挨拶業務を済ませた後、早々に屋敷に戻った。
夕方には特産品を必ず届けてくれと念を押して、ギッドら役人たちと別れた。
帰りの馬車で、御者を務めたレモリーの横に座った俺は、抱いていた疑惑を口にする。
「どうもディンドラッド商会の連中は、俺たちを快く思っていないようだな」
「はい。委託統治していた昨年よりも、収益が減っているのが気になります」
ロンレア伯爵夫妻はさほど政治に関心がないため、従者のレモリーが商会との接点となっていた。
書類や帳面などの管理は彼女に一任されていた。
「どうも商会の異世界人への風当たりは強そうだ。それに転生者であるはずのクバラさんとも話が合わなそうだし……俺たちは四面楚歌だな」
「…………」
レモリーは見事な手綱さばきを見せながら、俺を横目で見てほほ笑んでいる。
「すまない。つい愚痴ってしまった」
「いいえ。弱気な直行さまを見たのは初めてですから」
「そうだっけ?」
「はい。私に対して、心を開いて下さっているんだなと思いましたら、何だか愛しくなってしまって……」
「ああ」
俺はクールを装って、レモリーの肩に手をまわした。
内心はドキドキしている。
女性にこんなことを言われたのは生まれて初めてだ。
生きてて良かった。
レモリーを幸せにしたい。
「ピッピッピー♪ ピーッ! ピー! あなた、妻の眼前で愛人といちゃつくなんて、どういう料簡ですの?」
「エルマ。何度も言うが、結婚は建前だ。お前は13歳。日本の社会通年では結婚はおろか、男女の関係は認められません」
「あたくし日本なんて国知りませんわ♪ 旧王都の伯爵家の生まれですからねー♪」
「はい。エルマお嬢さまは未熟児でしたが、確かに伯爵家で産声を上げられました」
レモリーとの間に入ってきたエルマが、笛を吹きながら御者台まで寄ってきた。
馬車が大きく揺れるが、小夜子が障壁をうまく利用して、誰も振り落とされることはなかった。
この一連のやりとりは楽しく、モヤモヤしていた俺の心は晴れた。
気を取り直していこう。
◇ ◆ ◇
屋敷に戻って、魚面と三人組の冒険者と合流した俺たちは、一階のサロンに集まった。
特産品の到着を待ちながら、今後のことを話し合う。
レモリーが手際よく花茶を淹れてくれた。
スライシャーが当たり前のように木箱から焼き菓子を持ってきて、置いた。
「今日届く予定の特産品の出来いかんに関わらず、俺は勇者自治区に発つつもりだ。レモリー、休暇はいつまでだっけ?」
「はい。4日後ですので、自治区までお供させていただいて、その後は旧王都に帰らせていただきます。後任が決まり次第、すぐさまご主人様のお傍にまいります」
レモリーは俺を見て微笑み、小さくうなずく。
その仕草は、俺の心に温かいものを与えてくれる。
「うわー、大将、レモリー姐さんを完璧に惚れさせたもんですな」
「スライシャー、茶化すなよ。それに大体お前、さも当然のように木箱開けてるけど、後で法外な値段を請求されるんだからな」
「大将、金なんて払わなけりゃ良いんですぜ」
「スラ、良い事言いました♪ 踏み倒したって泣くのはディンドラッドですものねー♪」
盗賊と鬼畜令嬢は意気投合した様子で立ち上がり、変なステップで踊りだす。
「そ、それじゃあ泥棒じゃない」
「あっしはそっすよ」
小夜子のツッコミを受け流し、スライシャーとエルマは躍る。
唖然とする小夜子。
魚面とネリーは我関せずとお茶を飲む。ボンゴロはひたすら菓子を食べ続けていた。
「お世話になりまーす! ディンドラッド商会様の使いで参りましたー」
ちょうどそんなタイミングで、玄関のドアノッカーが打ち鳴らされて、大きくドアが開いた。
「荷物が届いたみたいだ」
「はい。参りましょう直行さま」
俺たちはお茶を飲む手を止めて、ロビーへと向かった。
「おお、美味しそうだお」
いつもは鈍足な戦士ボンゴロが、真っ先に駆け付けて採れたてのマンゴーを物色している。
「ボンゴロくん、交易品だからあまり触らない方が良いかもよ」
「分かったお。お小夜さんの言うとおりにするお」
例の木箱の中には、黄色や赤のマンゴーなど、南国果実が詰め込まれていた。
特に高級そうなオレンジ色のマンゴーは紙で包まれている。
グァバやスターフルーツ、タマリンドのようなものもある。
「そして、こちらが〝ロンレアの薔薇〟でございます」
フルーツとは別に、係の者が下げ鞄から取り出したのは、薄い木箱だ。
ちょうど、タブレット端末が入るくらいの大きさで、蝶番で開閉する。
中を開けると、天鵞絨の中敷きの上、仕切り板に区切られたところに、赤い宝石が並べられていた。
「キレイだナ。これは石……なのカ?」
「うわー! 綺麗ねー」
「はい。わがロンレア領の名産品〝ロンレアの薔薇〟でございます」
やはり宝石に反応したのは女性陣だ。
意外にも術師ネリーが、まじまじと宝石を眺めている。
「見た目は良いんですけど、宝石の中ではそこまで希少価値はないのが残念ですわね♪」
エルマは自嘲気味に毒づいた。
そういえば、ロンレア家が借金で苦しんでいた、俺が召喚されて間もない頃、伯爵夫人が古物商に持ち込んでいた赤いネックレスは、この石を元に作られていたのか。
確かに見た目は綺麗だが、木箱にザックリと40個も入れてあるという事は、そこまで希少性はないのかもしれない。
「これは魔力を通す石ですな。魔晶石の原料にもなりますぞ。失われた技術ですが……」
「なるほど、付加価値をつけて売るというのはアリだな」
術師ネリーの言葉をヒントに、俺はさっそく売り込みのアイデアを思いついた。
後は夕食も兼ねたフルーツ類と大海老の試食会をやって、自治区に売り込む算段を整えよう。




