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204話・この胸のモヤモヤを

 うまくいくと思った農業ギルドへの挨拶は、モヤモヤが残る結果となった。

 次に訪れた織工ギルドでも、明らかに歓迎されていない様子だった。


 俺たちは挨拶回りを済ませた後、町役場まで戻る。

 道中、馬車に揺られながら、俺は心のモヤモヤを振り返る。


挿絵(By みてみん)


 農業ギルドマスターのクバラ翁。

 博打と女が好きという、癖のある人物だった。

 エルマにとっては大好きなお爺ちゃんだ。

 勇者トシヒコ以前の時代に、転生者を公言してギルドマスターになったのだから、ただ者ではない。


 だけど、それとこれとは別として、俺自身は博打が好きかと問われると、そうでもない。


 もっとも世間的には、俺のやっていたアフィリエイトサイトの運営だって、胡散臭い商売じゃないかと言われればそうなんだが……。


 でも本気で稼ごうと思ったら、偶然に頼ってばかりでは安定した成果は出ない。

 元手もあまりかからなかったし、需要を見積もって記事の修正やターゲットを絞り込んだり、SEO対策をちゃんと意識して検索上位を目指したりと、工夫するのは楽しかった。


 毎日コツコツ積み上げてサイトを育てていく作業は、農業に似ているかもしれない。


「直行さん、浮かない顔ですわね」

「クバラさん言ってたろ、〝人生は博打だ〟って。確かに農業も天候不順で不作になったり、逆に天気が良すぎても利益が出なかったりするから、そういう側面もあるけど」

「あの方は先々代お爺ちゃまのお友達で、博徒上がりの流れ者とも聞いていますわ」

「農業ギルドマスターなのに、農業の話をしないんだもんなー」

「あたくしも博打は好きですわよ。現に直行さんに賭けて勝ってますしね♪」


 そういえばエルマのやつ、俺を召喚したときの第一声が「ハズレ個体♪」だったよな?


「……小夜子さんは、どう思う?」


 俺は隣に座っている小夜子に訊いてみた。


「直行くん。合わなそうな人と会ったら、良いところを探すの。何でもいいのよ、顔でも仕草でも好きな食べ物が一致するのでも。そうして良いところばっかり見てたら、その人の嫌なところなんかあまり気にならなくなっちゃうわよ」


 模範的な回答は、理解はできても心から共感するのは難しい。


 そういえば俺は、元の世界ではけっこう人間関係を投げ出しがちだった。

 だからアフィリエイトのような一人で黙々と続ける作業の方が苦にならなかったともいえる。


 心のモヤモヤは消えないままに、俺を乗せた馬車は役場に戻った。


 ◇ ◆ ◇


「こちらが領内の資料と収支の報告書ですね」


 執務室に通された俺たち4人は、ギッドから農作物など収穫物の収益をまとめた報告書を受け取り、目を通した。

 この作業は、旧王都のロンレア邸でレモリーが行っていることなので、彼女に一任できそうだ。


 ただ気になることがある。

 土地の広さの単位が把握できないのだ。

 この世界は便利なもので、俺みたいに突然召喚されて来ても、言葉も文字も、自動的に頭の中で翻訳がされて、ちゃんと伝わる。


 ギッドにしてもレモリーにしても、俺には日本語をしゃべっているように聞こえる。

 書かれた文字を読むにしても、その概念に近いものが自分の頭の中にあれば、意味が伝わってくる。


 しかしロンレア領の資料や収支報告書を何度見ても、土地の広さが把握できない。

 おかしい。


「なあギッド、この資料には土地の広さは書いてないのか?」

「ここに記してある数字がそうですよ?」


 俺が資料をめくっていくと、ギッドが手を止めて指差した箇所がある。

 確かに24,000という数字と××という記号が読み取れる。


 長さや重さの単位も、メートルであろうがヤードだろうが、キロだろうがポンドだろうが、今までは何となく実感として捉えることができたのだが……。


 この××という記号の意味が伝わってこない。

 仮に、これをヘクタールだと仮定して計算してみる。

 スマホがあれば一発だが……。

 俺にはどうやって計算したらいいかも分からなかった。


「う~ん、わからん。24,000××って、×の記号を仮にヘクタールだとしたら有名ドーム球場何個分?」

「直行さーん♪ よくぞ聞いてくれました」


 エルマは唐突に、ものすごい得意げな表情でペンを手にし、書類の隅で割り算を始めた。

 そして書いた数字を、これ以上ないくらいのドヤ顔で見せつける。


「フフン♪ 有名ドーム球場の5311個分ですわね♪」

「エルマは筆算が得意だったんだな」

「はい。エルマ様は幼少より計算がとても得意でした」


 さすがは前世が理系の大学生だった奴。

 ギッドがいるので、前世の話は口にできないけれど。


「キャーキャー! エルマちゃんすっごーい! 天才少女だわー!」


 小夜子が囃し立てると、調子に乗ったエルマが笛を吹いて小躍りを始めた。


「…………」


 俺たちの独特なテンションについていけないのか、ギッドは閉口して、視線を窓の外に移す。

 彼の気持ちは分からなくもない。

 が、そもそもこの資料に書かれている読み取れない記号に疑問符は残る。


 この世界は〝ご都合主義〟的に見えて、どうもそうではなさそうだ。


「でもさあ、ホントにヘクタールなら、面倒な計算なんてしなくても、頭の中で自動的に広さが実感できるのに、どうしてできないんだ。今まで、こんなことはなかった」

「……それは、異なる世界間の文化の違いという事で……」

 

 ギッドは言葉を濁したが、今回のケースだと、極端に言えばディンドラッド商会側が数値を改ざんしている可能性が出てきた。


「……そうだな。今日のところは……この件はこれでおしまいにしよう」


 これ以上、商会側に詰め寄っても成果は得られないだろう。

 測量の件は、俺たちで対処することにする。


「そんな事よりも、マンゴーや赤い宝石〝ロンレアの薔薇〟だったっけ? サンプルは用意できてるか?」

「……は、特産品はもうしばらくお待ちください。夕方にでもお屋敷にお届けします」


 疑念に感づいたのか、ギッドのにこやかな表情に、ほの暗い影のようなものが差す。

 俺の気のせいだと良いのだが……。


「直行さん、楽しみですわね♪ マンゴー♪」

「きっと今、絶賛収穫中なのよ!」


 エルマも小夜子も無邪気に笑っている。

 レモリーは俺の違和感に気づいたようで、小さくうなずいた。



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