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203話・新領主の挨拶


 役場の職員で、俺たちのサポート役を務める茶色ベストを着たギッド青年が戻ってきた。


 連れてきたのは農業ギルドの幹部たちと職員を合わせた十人ほどの男たち。

 皆、歴戦の戦士、というよりも野盗のような面構えだ。


挿絵(By みてみん)

  

「お世話になります」

「こんにちはー!」


 俺と小夜子はまず、現れた人たちに一礼した。


「あたくしはロンレア領主の次代・エルマ・ベルトルティカ・バートリ♪ 以後お見知りおきを」

「おおエルマお嬢チャンか。久しぶりだねえ」


 ふてぶてしい態度のエルマの前に、眼光鋭い老人が一歩踏み出す。

 白髪で日焼けした風貌と、まっすぐな背筋。

 使い込まれたグローブのように大きな手が、一見してただものではない雰囲気を漂わせている。


「あー♪ クバラお爺ちゃま♪ お久しぶりですわー♪」

「クバラ殿は農業(ファーマーズ)ギルドのギルドマスターです」


 ギッドが俺に耳打ちしてくれた。

 この人がボスなんだとは一目でわかったが、農業ギルドマスターというよりもマフィアの頭目のような

貫禄がある。


「お初にお目にかかります。ギャバンズと申します。前世の生国(しょうこく)は上越の糸魚川。シンザブロウ・クバラという姓名でごぜえました。お好きな方でお呼び下さい」

「被召喚者の九重(ここのえ) 直行(なおゆき)と申します。よろしくお願いいたします」


 俺たちはお辞儀をした後、元いた世界の握手を交わした。

 この人は間違いなく元の世界を知っている転生者だろう。


「前世でも百姓、今生でも百姓。かけて合わせて一千万姓でございやす」


 百と百をかけても一万にしかならないと思うのだけど、表情に凄みがあるので一千万の説得力はありそうだ。


「クバラさん。向こうの農作物の知識を持っている方でしたら話が早いかと思います。頼りにしております」

「女を使ってのし上がってきた男だと聞かされておりましたが、意外と純情そうですなァ」


 クバラ翁は、俺の目を覗き込んで、笑った。

 早くも新参者の領主に、ギルドの厳しさを示してきたという事か。


「性格スキルが『恥知らず』なものですから。恥も外聞もなく、やらせていただきました」


 俺は気圧されないように、胸を張った。


 さすが転生者を公言して、農業ギルドのトップの地位に上りつめた人だ。

 間違いなく苦労もあったと思うが、この人は困難を跳ね返してきたのだろう。

 

 周囲の顔ぶれを見ても分かる。


 俺は改めて彼らの前に立ち、背筋を正した。

 エルマとレモリーも、両隣に控える。


「えー。この度ロンレア領をエルマ伯爵令嬢と共に共同統治することになった直行(なおゆき)です。名前から分かる通り異世界人ですが、皆さんからお知恵とお力を拝借してガッツリ儲けるつもりです。よろしく頼みます」


 俺がそう言うと、クバラ翁はニッコリと笑って大きく拍手をした。

 部下たちもそれに倣い、拍手を重ねる。

 どうやらこちらの初対面はうまく行ったかに見えた。

 

「……」


 ただ、何となくレモリーが浮かない顔をしているのが気にかかる。


「直行殿。ガッツリ儲ける。良いですなァ。何やかや言って人生は博打でさ。手堅く賭けるか捨て身で賭けるか。この老骨の余生も、アンタに賭けてみやしょうかねえ」


 ありがたい言葉を受け取ったものの、意外ではあった。

 〝人生は博打〟か……。

 農業ギルドのマスターというから、もっと堅実なタイプかと思っていたが、そうでもないらしい。


 ただ、俺の母方の実家が農家だったので、農業と博打を結び付けたくなる気持ちは分からなくもない。

 誤解されてしまう可能性のある言葉だが、生産性の高い農業にもリスクは付きまとうからだ。


 どれほど手塩にかけて作物を育てても、天候はどうしようもない。


 この世界にも台風や土砂災害があるのかどうかは知らないが、自然を相手にする以上、思いがけない不作や凶作はつきものだ。


 逆に良いものを作っても、天候が良すぎると市場価格は暴落し、経費を抜いたら利益にならない時もあるだろう。

 いつ野菜泥棒のターゲットになるか分からないし、畑が広いので防ぎようもない。


 農家の忍耐強さは、それら逆境を乗り越える心意気にある。


「クバラお爺ちゃまは、あたくしにチンチロリンや闘犬の面白さを教えて下さった方ですわ♪」


 エルマが能天気に水を差した。


「先々代の伯爵さまとは博打仲間でしてなァ。転生者だったそれがしを大層面白がってくれまして、毎夜ヤンチャをしたものです。エルマお嬢チャンの(すじ)は先々代によく似てますなァ」


 この人は単純に博打が好きなのか……。

 それとも、農業よりもそっちの方が向いてるタイプの人なのか……。

 個人の趣味に関しては、俺は別に構わない。

 農家としての腕前については、信用できるのだろうか。

 それに、レモリーの顔が沈んだままなのも気にかかる。

 

 そんな俺の、レモリーを見る様子に気づいたクバラ翁が、改めて彼女を呼び止める。


「そちらの別嬪(べっぴん)さんは、()()従者のレモリーさんですな。しばらくでした」

「……はい。ご無沙汰しております」


 〝()()〟という言葉が引っかかる。

 心なしかレモリーはクバラ翁によそよそしい。

 それは先々代の時代に、奴隷としてロンレア家に買われたことと関係しているのかもしれない。


 もちろん詮索するつもりはないが、レモリーには暗い過去を払拭して堂々と生きていってほしいと切に思う。

 そして、彼女の()()を知っているクバラ翁に対して、どう接したものか。

 そんな俺の心など気にも留めないように、翁は小夜子に語りかけた。


「そちらの女性は、お初にお目にかかりますなァ」

「はじめまして! 八十島 小夜子と申します。旧王都で慈善活動をしています。こちらには協力者を探して伺いました。どなたか良い人がおりましたら、ぜひ紹介してください」

  

 ビキニさえ着ていなければ、小夜子の第一印象は問題ない。

 礼儀正しくて朗らかで、親しみやすい雰囲気なのだ。


「そうですなァ。貴女を嫁にしたいと申す男衆ならば、この村にいくらでもおりましょうけど、古い都で人助けなんて酔狂に興じる輩はおりますまいなァ」

「そうですかー。いやー残念ー」

「……残念ですなァ」

「……いやぁ、ナハハハ」


 小夜子は笑って話を流して、話題が途切れた。

 何となく、気まずい空気が流れている。

 ただ、農家としてはともかく、博打と女に興味があることだけは分かった。


「クバラさん。よろしくお願いします」

「はいよ」


 俺も場を取り繕おうと話しかけようとするものの、思うように会話が続かない。

 クバラ翁とは、良い関係を築く必要があるというのに。 

 エルマも珍しくきちんとすましていて、いつもの突拍子もない行動をとらない。


 結局、そんな調子で農業ギルドでのあいさつはお開きとなった。

 癖のある人物で難しそうだが、なんとかうまくやっていかなければ。


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