200話・ドキッ! はじめての温泉回2
ロンレア伯爵家のカントリーハウスに隣接する岩風呂で、俺たちは旅の疲れを癒した。
かがり火に照らされた露天風呂。
見上げれば満天の星空だ。
男女を隔てるのは急ごしらえの衝立一枚。
俺たちは、衝立を背にして湯船に浸かっていた。
「では、あたくしはお先に上がりますわ♪ 皆さんごゆっくり♪」
エルマの声がして、お湯のはねる音がした。
隙間からは姿が見えないが、彼女は風呂から上がったようだ。
「モウ出るのカ?」
「湯冷めしないようにねー。ちゃんと髪は乾かすのよー」
小夜子の言い方は、まるで母親のようだ。
俺は女性陣の話し声を聞きながら、湯船の中で四肢を伸ばす。
そしてタオルを頭に乗せて、ぼんやりと考えを巡らせる。
この世界の謎について。
火の精霊が特別に強い場所は、温泉のような湯が沸くという。
文字通り精霊と魔法が存在する世界だ。
しかしその一方で、エルマの召喚した毒薬などの化学技術も併存できる。
「……なあ、大将。あっし、気分が変なんすけどね……」
「のぼせてるのかもしれないお。上がるお」
「吾輩も少し……妙な気分だ」
俺が思案している横で、男たちが風呂から上がっていく。
3人は岩に腰かけ、それぞれ思い思いの体勢でリラックスしている。
「ネエ小夜子サン。少しお湯が熱くなってル?」
「レモリーさん、場の精霊力に乱れはない?」
「いいえ。火の精霊、土の精霊、水の精霊、ともに乱れはありません」
「少しのぼせたのかも知れないわね。魚さんも涼んだらどう?」
女湯でも小夜子たちが湯船から上がって、岩の上でくつろいでいるようだ。
……と、その時。
俺の体にも異変が訪れた。
確かに体が熱い。
頭がぼうっとして、思考力が持って行かれるような感覚だ。
そして湧き上がる危険な衝動。この感覚には既視感があった。
「まずい!」
俺は湯船から出て、周囲を伺う。
「どうしたんだお?」
「エルマの奴が湯の中に媚薬を流し込んだ可能性がある!」
どの程度の量なのか見当もつかないが、
エルマのことだ。どうせ目的は意味のない悪ふざけだ。
おそらく、どこかに身を隠して様子を伺っているのかも知れない。
「あァ……何だか変ナ気分ダ」
「あれ……? わたしも……のぼせちゃっ……たのかな」
「いいえ……この感覚……決闘裁判でも……」
衝立の向こうから魚面と小夜子の声が聞こえてくる。
続いてレモリーの声が聞こえてくると、俺の理性も衝立の向こうまで持って行かれそうになってくる。
それではダメだ。
そんな甘い衝動で動くような人間に、ロンレア領の統治が行えるとも思えない。
経営は情熱だけではダメだろう。
溢れる思いを、冷徹に制御する能力も問われるのだ。
「おい! お前ら俺と相撲で勝負しろ!」
「は? スモーって何すか?」
「俺の故郷の国技だ。神話の時代から続く力比べの儀式だ」
「力比べならおいら負けないお」
「ここは岩場だし転がったら怪我をする。なので変則ルールでやる。いいか?」
「そもそも吾輩らはスモーのルールなぞ知らん」
「分かった。ええと、そうだな~」
俺は、ちょうど玄関の上がり框くらいの高さの平らな岩に足を掛ける。
「相手の身体をここに乗せた奴が勝ちってのはどうだ?」
「今ひとつよく分からんが……」
術師ネリーが首をかしげている。
そこで俺は、彼を羽交い絞めにするような格好で抱え上げると、平らな岩の上まで運び、下ろした。
「こんな感じで、この岩に乗せたら勝ち」
もはや相撲とは言えないほどの改変だが、俺たちの仲間には回復役がいないため、怪我をするわけにもいかない。
「小夜子サン……ワタシすごく変な気分……」
「わたしも……体が熱い。のぼせたのかな」
「いいえ……これは……エルマお嬢さまの……罠」
「レモリーさん、罠……って」
衝立の向こうでは女性陣の声。
俺は邪念を払うために、闘争心に火をつける。
戦士ボンゴロとがっぷり四つに組んで、巨体を持ち上げようと試みる。
漢の勝負に身をゆだね、不埒な欲望を鎮めるのだ。
「うおおおお」
しかし、そんな俺の強がりとやせ我慢を尻目に、盗賊スライシャーと術師ネリーは衝立に張り付き、乗り越えようとしていた。
「向こうさん、すげえや!」
「おお! 吾輩とんでもない光景を……」
「キャー! 皆のエッチー!」
「いいえ。私の身体はご主人様のためのものです!」
小夜子の悲鳴と同時に、レモリーの精霊術が発動する。
大きな湯の柱が、間欠泉のように舞い上がり、水の柱となってスライシャーとネリーに直撃した。
200話を記念して温泉回にしてみました。R18にならないように細心の注意を払ったつもりです。




