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198話・夕闇のロブスターパーティ


 ひととおり屋敷内を散策し終えた頃には、日もすでに落ちていた。

 秋の日はつるべ落とし、という。


 気がつくと夜の帳が降り、湖面を紫色に染め上げていた。


 ランタンを持った小夜子が向こうの廊下からやってきて、エルマに尋ねる。


「エルマちゃん、このお屋敷ってお風呂ないの?」

「外に岩風呂がありますわ♪」

「はい。炎の精霊の活動が活発な地域ですので、温泉を引いています」

「お、温泉か……」


挿絵(By みてみん)


 エルマは意味ありげな笑みを浮かべて小夜子の胸を見ていた。

 そして俺とレモリーを交互に見て、頷く。


 それに対して冒険者3人組は特に関心を示さないようだ。

 魚面(うおづら)はキョトンとしている。


「温泉ってナニ?」

「言葉の通り温水が沸く泉ね! 体がポカポカして、とっても気持ちいいの。健康にも良いのよ」 

「まあ、火の精霊の力が強いだけですから効能とか知りませんけれども♪ どこかには効くでしょうね」


 小夜子の説明は簡単ながら、素直な実感と温かみも伝わってくる。

 対してエルマは無責任でいい加減だ。


 あまりにも説明の仕方が違うので、魚面は戸惑っているようだ。


「異界人は本当二風呂ガ好きナンだな……」

「魚面ちゃんも一緒に入ろうよ! 気持ちいいよー」

「なあエルマ、当然ここは混浴なんだろうな?」

「もちろんですわ直行さん♪」


 エルマは、何とも言えない()()()()()()目つきで笑っている。


「それは良くないわ! 年頃の男女が一緒にお風呂になるなんて健全じゃないもの! 時間帯をずらしましょう」


 小夜子がもっともらしいことを言っているが、ビキニを着てスラム街で炊き出しなんてやる彼女に説得力は皆無だ。

 

「こんばんはー! お世話になりまーす!」


 ちょうどその時、玄関のドアノッカーを打ち鳴らす音と共に、威勢の良い声がした。

 風呂の話の腰を折られてしまった格好であるが、俺とレモリーが対応に向かう。


「あ、どうも! ギッドさんに申し付けられて参りました、物産担当の者です」


 玄関前にいたのは、頭に鉢巻のようなものを巻いた若者だった。

 ディンドラッド商会の者だ。

 従者の男性も二人ばかり連れている。


 玄関先に乗りつけられた荷車には、野菜などの農産物、湖で獲れた水産物などが商会の紋章入りの木箱に入って積まれていた。

 その中には下処理を済ませた鶏もあった。


「マンゴーとロンレアの薔薇は、明日以降にお持ちします」


 物産担当はテキパキと木箱を屋敷に運び込むよう、従者に指示を出す。


「ああそれは良いんだけど、ディンドラッド商会が関わっているということは、これお金取るんだよな? 屋敷にあったロウソクとかも含めて、請求額を知らせてくれ」

「あ、いや、それはギッド様を通していただかないとなりません」


 案の定、ディンドラッド商会の若者は、言葉を濁した。

 6年も商会に丸投げしていたロンレア家が「やっぱり領地運営やります」なんて宣言したのだ。

 それは、足元を見て各種のサービスを売りつけるのも仕方ないだろう。


 携帯電話会社やパソコンショップなどが、ネットやPCに詳しくない高齢者などに不必要な高額サービスを契約をさせるやり方とよく似ている。

 今回は授業料だとしても、ゆくゆくは自分たちでできる範囲を広げていかないといけない。

 もちろん、それまでは穏便に事を運ぶ必要がある。

 

「分かった。ディンドラッド商会とは仲良くやっていきたいので、今回はそれでお願いしよう」

「助かります」

「ただし、領主の権限はこちらにあるので、不正や法外な値段での取り引きには応じられないことを、承知しておいてほしい」

「……」


 俺は、念のためディンドラッド商会に釘をさしておくことにする。

 ギッドの使いは、何も答えずに去って行った。


 ◇ ◆ ◇


 夕食の献立は大量のロブスターと野菜がメインだ。

 すでに下処理を済ませてあって、茹でるか蒸すか焼くか、調理法はお好みだ。


「じゃあ、わたしとレモリーさんで調理するから。男性陣はお風呂に入っちゃって」


 小夜子はすでにエプロン姿で、テキパキと野菜の調理を始めている。

 炊き出しで鍛えた手際の良さだが、彼女一人に料理をさせるのは心苦しい。


「小夜子さん。ちょっと待った。俺も手伝うよ」

「直行くん料理する人なんだ?」

「得意じゃないけど、せっかくだから料理のバリエーションを増やしてみようと思って」


 勇者自治区に特産品を売り込むとして、調理法は多いに越したことはない。


「エルマ。オーロラソースを作りたいんだが、マヨネーズとケチャップとウスターソースって召喚できる?」


 異界風(いかいかぜ)で調味料を分けてもらえばよかったが、現地調達できるならそれに越したことはない。

 しかしエルマは首を横に振った。


「食べ物系の召喚はオススメできませんわねえ。毒薬や媚薬のように成分が明確なモノでなければ、あたくしの召喚術では無理ですわね」

「直行サン。そモそモ異世界から物質を召喚スルというのが、規格外の召喚術だヨ。ワタシが習った召喚術は、(ゲート)を開いて異界から魔物を呼び出すという昔から伝わる手法だし……」


 同じ召喚師でも、魚面(うおづら)とエルマでは違う仕組み、法則を利用しているということだろうか。

 俺にはいまひとつ理解できないのだが、この世界には物理法則と魔法の法則が併存しているというのだろうか……。


「あっ! わたしソースは無理だけどマヨネーズなら作れるわよ。卵黄と塩と酢とオリーブ油を混ぜれば良いのよ!」


 面倒なことを考えている俺をよそに、小夜子は自身が持ってきた荷物から調味料を取り出している。


「あっ、でも卵がないや……」

「商会の荷物にもありやせんぜ。あっしが()()()()()調()()して来やしょうか?」 


 俺たち(エルマ以外)は盗賊スライシャーの提案を全力で却下した。

 結局その日の夕食では、塩と酢でシンプルに味をつけたロブスターと野菜を味わった。


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