19話・ラベルをつけて売ってみよう
マナポーションを美肌化粧品として売りさばくにあたって、課題が一つある。
ラベルをデザインする必要があるのだ。
それも、茶色い瓶に合わせたものでないといけない。
「まずはラベルを考えないとな。異世界人の美意識はよくわからないけれども、天然素材や健康志向のイメージで攻めるべきか……?」
「ラベルとは、よく思いつきましたね直行さん♪」
エルマは俺の提案にゲスい笑顔を浮かべた。
「レモリー、ペンと羊皮紙をお持ちなさい♪」
「はい。承知しました」
そして従者レモリーに命じると、イスに深く腰掛けて13歳の少女とは思えない、いっぱしの悪党のような態度で俺を煽った。
「では、直行さん♪ 著作権なんてこの世界にはありませんので、思いつくまま『勝ちの取れる』デザインで、どうぞ♪」
「お、おう……」
羊皮紙の手触りは独特だ。
俺は思いつくまま、羊皮紙に羽根ペンを走らせようとして……止めた。
「デザインなんて、すぐに思いつけるものでもないわな……」
現世での有名な化粧品メーカーのラベルを意識して、できるだけオシャレと高級感を……。
そんなことを考えても、アイデアは出ない。
「思いを込めて書けば、伝わるんですよ♪」
「おお、そうだった」
俺はありったけの思いを込めて「美肌化粧品」と日本語で綴った。
太鼓の革に文字を書くような感触で、インクの染みも紙とは違う。
この世界には、言葉の壁がない。
会話だろうと文字だろうと、思念を通じて相手に伝えることができる。
思念がこもった文字には魔力が宿り、読む人に届いてしまうのだ。
できた。
見慣れない羊皮紙の質感もあるだろうが、そこそこ高級感のあるラベルは作れたと思う……かな。
「直行さんの思いはよく伝わってきますね♪ 日本語の書き文字としては微妙な出来ですけれど♪」
「はい。これは効きそうです」
ただ、これを24個×600箱分を書いていくのは相当に骨が折れそうだ。
そんな懸念を、エルマが払拭した。
「これを、あたくしのスキルで『複製』します。レモリー、羊皮紙を何枚か持ってきてちょうだい」
「はい。承知しました」
◇ ◆ ◇
「『複製』って……?」
「はい。お嬢様の『特殊スキル』でございます」
「『特殊スキル』だと……?」
「あたくしの性格スキル+成長の方向性に応じて覚醒する固有の特殊能力の事ですわ」
「はい。カンタンに説明すると、お嬢様の持つ『複製』は、召喚魔法の応用で物質をコピーする能力です」
「召喚魔法を覚えたことで、特殊スキルが使えるようになりましたの♪」
……!
確かにこの状況では願ったりかなったりのスキルだが、少し待て……。
「なんだよ、そんなチート能力を持ってるなら、俺なんか召喚する必要はなくて、金貨でも銀貨でもチャッチャとコピって借金返せばいいじゃねえか!」
「さすが一瞬で通貨複製を思いつくとは、直行さんもゲスいですね♪ 残念ながら『複製』は等価交換なので同量の原材料がないとコピーできませんのよ」
「……やはり、通貨偽造は試みたか」
「単なる実験ですわ。加工の手間が省ける分、チートはチートなんですが、使い勝手はいま一つなんですよね」
「紙幣社会なら良かったのにな」
「まあ、今回のラベル程度であれば複製できるかと」
エルマは、試しに俺の書いたラベルの文字に手をかざし、ぶつくさと呪文を詠唱する。
そして手を無地の羊皮紙にかざすと、そこに俺が書いたものと寸分変わらない文字が複製された。
「これはすごいな。高級感もあるし……」
……言いかけて、俺は肝心なことに気づいた。
予算の問題だ。
「羊皮紙って、おいくら万円?」
「はい。1枚2000ゼニルですね」
レモリーが率直に答えた。
ダメだ。高すぎる。
余計にコストがかかれば小売価格も上げないと採算が取れない。
「その分、儲けも大きくなるんじゃなくて? 10000ゼニルで売ったら良いと思いますのよ♪」
「ダメダメ。物には適正価格がある。いくら何でも、化粧水で5000ゼニル以上は厳しい」
ラベルの件は振り出しに戻ってしまった。
手書きで書くにせよ、原材料が高すぎれば価格に反映しなければ赤字だ。
ファンタジー世界の紙の値段を甘く見ていた。
「レモリーさん。この世界で一番安い〝メモ帳〟みたいなのってなんだ?」
「はい。粘土板か木片でしょうか?」
どれもラベルに使うわけにもいかない代物だ。
いや、待てよ。
「おがくず……いや、かんなくずを利用できないかな」
「はい?」
「レモリーさん、この世界の木材加工って魔法を使う?」
「いいえ。高度な加工ならともかく、基本的には木材加工の金具を使いますよ」
「和風のかんなはなくても、西洋のブロックプレーンのような道具はあるかな」
「はい。ブロックプレーンならば当家にもございますよ」
「さっきから直行さんとレモリーは何を話しているんですか?」
エルマが話に入って来たので簡単に説明する。
「木材の削りくずでラベルを作るんだ」
たとえばこの家の調度品なども平らな面で構成されている。
異世界BARの窓枠も正方形で作られていた。
と、いう事は木材の切断面を平らに加工する技術があるという事になる。
かんなの削りくずの中には、紙のような薄さの形状のものもあるだろう。
「本来だったら、削りくずに字なんて書けない。でもエルマの複製スキルなら可能だろう」
「削りくずなんてシケた物を複製したことはありませんけれども♪」




