1話・アフィリエイター、異世界に召喚される
うす暗い部屋に俺は立っていた。
香を焚き込めたような、かいだことのないにおいがする。
そのせいか分からないけれど、意識がボンヤリしていた。
なんだろう。
得体の知れないものに全身をつかまれていた感触が残っている。
息を吸うのにも変な違和感があった。
心臓はずっとバクバクいっている。
自分が「いてはいけない場所」にいるようで、ものすごく不安だった。
確か駅のホームにいたはずだ。
前を歩いてきた女が線路に落ちたような気もした。
俺は彼女を助けようとして……。
砕けるような、ちぎられるような、引きずられるような嫌な音が耳に残っている。
だが、ここは駅ではない。
線路も電車もない。
ここはどこだろう。
壁はレンガ造りで、まるで中世の拷問部屋のようだ。
すごく嫌な感じがする。
全身に冷や汗が出てきた。
足元には魔方陣が描かれており、CGのように光っている。
その周囲には、砕け散った紫色のガラス状の破片。
「ホラ見たことですか♪ あたくし成功しましたわよ!」
「はい。お見事にございます、エルマお嬢様」
「……でも戦闘用のスキルはなし。性格パーソナルスキルは『恥知らず』ですか。ハズレ個体かも知れませんわね」
目の前に女が2人立っていた。
外国人のような外見だけど、話している言葉は日本語として聞き取れた。
何だよ『恥知らず』って……。
1人は黒×臙脂色のドレスを着た少女。
年恰好は12~3歳くらいだろうか。
右手に持った黒い羽根の扇子で口元を隠していた。
左手にはひび割れた金色の円盤を握りしめている。
足元は黒いハイヒールを履いていた。
もう1人は従者と思われるメイド服を着た金髪の長身女性。
年齢は25歳くらいでクール&ビューティーといった印象だ。
こちらは動きやすそうなローファーだった。
ずいぶんヒールの高さが違うが、2人の身長は従者の方が高かった。
だいぶ俺の意識もハッキリしてきたけれど、今の状況までは把握しきれない。
ポカンとしていると、エルマお嬢様と呼ばれた少女の方から俺に尋ねてきた。
「ナオユキさん……でよろしくって? 」
「お、おう……」
なぜ、俺の名を知っている?
予想外の問いに、思わず言葉に詰まってしまった。
でも日本語が通じる人間と会ったことで、一気に現実に引き戻された感じだ。
先ほどまで全身を取り巻いていた違和感の塊のようなものが、急速にほどけていく。
心臓のバクバクもようやく収まってきた。
「俺は九重 直行だ。なぜ俺の名を知っている。ここはどこで、君らは何者だ?」
堰を切ったように、疑問を投げつけた。
少女と従者の金髪女性は顔を見合わせ、頷く。
「簡潔に説明すると、ここは異世界ですわ。あたくしは転生者で、元日本人。あなたは召喚された現代日本人ですわね♪」
お嬢様が人ごとのように言った。
素っ気ない口調なのに語尾に♪マークがつくような、この少女のつかめない人柄を表す独特の話し方。
「ちょっと待ってくれ……」
そんなことを急に言われても戸惑うばかりだ。
しかしお嬢様は俺の困惑などお構いなしで、話を続ける。
「ほら、前の世界によくありましたわよね。ご存じかしら? 異世界転生して"俺TUEEE"するやつですわ♪」
「あ、ああ……」
確かに知ってはいる。
異世界に転生というと、よくある中世ファンタジー風の世界で……というお話だ。
読んだこともあるし、アニメも見たことがある。
そうだとしても、だ。
突然のことに気持ちが追い付かないし、感情の整理もつかない。
「しかも俺……死んだような気がするぞ」
「気のせいですわ♪ 直行さんに仕事を頼むために、あたくしが召喚させていただきましたのよ。貴重な『人間のアカシックレコード』と『魔晶石』を消費して」
何だよそれ。
たぶんレアアイテムなんだろうけど、いきなり固有名詞を出されたって分からないよ。
「はい。お嬢様は間違いなく〝異世界召喚〟を成功させました」
異世界召喚というと、ゲームなんかで言うところの召喚魔法だろうか。
エルマは左手に持っていた金色の円盤をチラリと見せ、ポケットにしまった。
「……あ、そうでしたわ直行さん、ひとつ確認させてください。あなたは〝アフィリエイトサイト〟を運営してらっしゃいますよね」
急に真面目な顔で、予想外の質問が来た。
アフィリエイトサイト、だと……?
正直いまは思い出したくもない言葉だ。
「……ああ。『ライフハック得々ブログ』とか、いくつかのサイトを運営してる」
「まあ、良かった♪」
「……でも、ここは異世界なんだろ? まさかネットがあるのか?」
俺の問いに、エルマお嬢様は首を振る。しかしその目は輝いたままだ。
「残念ながらネットはありませんわ」
「……だよなぁ」
「ですが、アフィリエイターたるあなたに、是非売りさばいてほしいアイテムがあるんです」
そしてビシッと決めポーズを取ると、高らかに宣言する。
「今よりあなたは、あたくしの天馬とおなりなさい。秒速で億を稼ぐのです! よろしくって?」
「……は?」
秒速で稼ぐって、ずいぶんと久しぶりに聞いた気がする。
何となく、気まずい沈黙が流れた。
「……いやいや待て待て。何か誤解してないか?」
「誤解、と言いますと?」
「モノを売るのはセールスマンの仕事だろ」
「営業職、ですか?」
「そう。何でアフィリエイター召喚してんだよ。そもそも間違ってるよ、人選」
お嬢様はキョトンとしている。
「……そうなんですか?」
「俺らは基本ネットで記事を書いたりオンラインサロンとかで稼ぐ。実売だったらもっと他に……いるだろう、営業のうまい奴とかカリスマセールスマンとか」
「前世が理系の大学生だったもので、トップセールスマンの名前なんて知らないのですよ……」
「しかもよりによって、なんで俺なんだ?」
「……直行さんを選んだ理由ですか?」
「そうだ。中途半端な俺なんかよりも、アフィリエイターだってもっと凄い奴、有名な奴いっぱいいるだろ?」
ここだけの話、専業とはいえ俺なんかアフィリエイターとすれば中の下くらいだ。
残念ながら有名ブロガーでもインフルエンサーでもない。
しかも検索エンジンのアップデートで、運営しているサイトが全部ダメになりそうなハンパ者だ。
……あまりにも情けないので彼女には言えないけど。
エルマお嬢様は困ったような顔をしていたが、突然キレたような表情で睨みつけてきた。
「あたくし転生して13年もこの世界で暮らしていると、記憶だってあいまいになってくるんです! ネットありませんから誰が有名かなんて検索にかけるわけにもいかないし!」
「逆ギレするなよ」
「逆ギレなんてしてませんわ!」
してるだろ、逆ギレ……。
そしてエルマは開き直って言った。
「……ええ、うろ覚え&テキトーですよ! 『有名ブロガー/アフィリエイター ナオユキ』で召喚しました!」
……ひょっとして誰かと間違えたか、ありそうな名前をイメージしたのではなかろうか。
なおゆき、ナオキ……。
似たような名前で活動している者がいるような、いないような。
「直行さんは〝魂がつかみやすかった〟のでしょうか」
「人をクレーンゲームの景品みたいに言いやがって……何にしたって、イキナリ異世界に召喚されて、こっちの市場や経済のことも分からないまま〝あるモノを売れ〟って……無茶だよ無謀だよ!」
「大丈夫。失敗したら死ぬだけですから♪」
あまりにもあっけらかんと無責任に言うので、俺はピンとこなかった。
これまでの会話の流れから、どうやら俺はこのお嬢様に召喚されてコキ使われる展開が見える……。
ん……?
「失敗したら、死ぬだと?」
大人の余裕を見せていた俺も、さすがに焦った。
「ところで直行さん、お身体に異変はありませんか?」
「話をそらすなよ!」
エルマお嬢様は手鏡を差し出す。
「いやいや待て待て──おいおいウソだろ?」
鏡に映った俺は、若返っていた。
直行です。鬼畜令嬢に召喚されて異世界にやってきました。
まさか自分が異世界モノの主人公になるなんて、夢にも思ってませんでした。
ネットのない世界では、アフィリエイターが来たところで特技を生かせる術はないですよね。
第1話にして、本末転倒じゃないかと思います。
しかも失敗したら死ぬって、あんまりですよ。
トホホな物語になるかも知れませんが……。
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