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197話・ロンレア領のカントリーハウス 


 ロンレア領の邸宅はセントラル湖に面した南の端にあった。

 馬車で一時間ほどかかるが、舗装が行き届いてないためかなりの振動だ。


挿絵(By みてみん)


「道、ガタガタですわね……」

「すげえ揺れるな」

「荒れた道ヲ行く感じ……以前ノ記憶にモあったかナ……」


 二台の馬車のうち、俺たちは先頭を走る。

 御者はレモリーで、エルマと小夜子と魚面が乗り合わせている。

 後方の馬車には冒険者三人組と、虎と荷物。

 

 周囲は一面の豆畑だ。

 詳しい種類は分からないけれど、枝豆や大豆によく似た葉が黄色く色づいている。


 遠くの丘陵地にはオリーブの木が規則的に植えられていて、日本ではまず見られない風景だった。


 しかし馬車が進むごとに、作物の様子が南国めいてくる。

 熱帯樹のような樹木が茂り、ココナツのような実のある樹木がそびえている。


 なるほど、炎の精霊の力が強い土地と言われるだけのことはある。

 役場から10キロも離れていないはずなのに、季節が夏に戻ったようだ。

 皆、汗だくになるほどに暑い。


「はい。その土地に根差した精霊力の強さは、気候風土にも影響を与えます」


 御者台から、レモリーが解説してくれた。

 彼女は従者でありながら、精霊術の使い手でもある。


「そんなに精霊って影響が強いんだ」

「はい。この地は炎の精霊力が強いため、気温が高めです」

「なるほど」

「はい。(わたくし)たち人間は、四大精霊がバランスよく調和して住みやすい気候の場所に人里を築いておりますが、まれに精霊力が偏っている地域もございます」

「そういえバ街道を走っていル時、急に寒くなっテ、すぐに暖かくなっタ場所があったナ」

「はい。魚面さまの仰る通り、寒い土地は炎の精霊力が弱いのです。水の精霊力が強い場所では雨も多く、風の精霊が強い地域は乾燥した土地になります」


 そういえば、この世界の雨って馬の背を分けたように局地的で小規模に降る。

 あれは精霊力のバランスという事か……。


 ◇ ◆ ◇


 ロンレア伯爵家の館は、湖に面した丘の上に建っている。

 古いレンガ造りの建物で、城と洋館の中間のような建物だ。

 英国貴族風に言えばカントリー・ハウス。

 旧王都の町屋敷よりも、より荘厳な感じがする。


「あたくしが最後に足を運んだのは、7年も昔のことでしたわ♪ 少しも変っておりませんわね」

「はい。お嬢様」


 エルマとレモリーは、感慨深そうに洋館を見上げている。


「キレイな湖だナ。ワタシは何となく見覚えがアルような……」

「セントラル湖は、その名の通り人の住める地の中央に位置しているから、大抵の地域とつながっているわ。だから魚さんもどこかで見た景色のはず」


 馬車から身を乗り出して湖を見つめる魚面に、小夜子が説明していた。


 湖の先は勇者自治区。その先は銀の海を隔てて魔王領となる。

 自治区と取引するとして、陸路よりも河川舟運(かせんしゅううん)の方が距離的には近いな。

 問題は船の速度と動力か。


「なあエルマ、この世界の船ってどんな感じ?」

「普通に帆船とか渡し舟ですわね。モーターボートは、さすがにまだ実用化されていませんわ。エンジンの構造は複雑なので、召喚するのもあたくしには無理ですわね……」

「そっか。レモリー、風の精霊術を利用した航海術みたいなの、出来る?」

「いいえ。お察しの通り、帆船に風の精霊術を利用する航海術はありますが、(わたくし)には操船知識はありません。直行さま、お役に立てずに申し訳ありません」


 水運については改めて茶色ベストのギッドに相談してみることにしよう。


 ◇ ◆ ◇


 オレンジ色の夕日が、湖面を鮮やかに染め上げていた。

 俺たちは馬車を止め、ロンレア邸に入る。

 さすがに長旅で疲れたので、家具などの積み込みは明日にしよう。


 ギッドから預かった館の鍵で扉を開けると、古い洋館特有の匂いが漂ってくる。

 最低限の着替えやタオルを下ろして、俺たちは室内に入る。


 当たり前の話だが、電気はないので部屋はうす暗い。

 ところどころに燭台があるので、ろうそくを立てる必要があった。

 もちろん荷物の中に持ってきてはいるが、改めて荷解きをするのは面倒だ。


「ん?」


 ……そう思っていたところ、足元には生活用品を入れた木箱がいくつか置かれている。

 いずれもディンドラッド商会の紋様が入っている。


「へい大将! こっちの木箱にキャンドルがありやしたぜ」

「スライシャーさん♪ 秒速でそれ燭台に立てていってくれますこと?」


 エルマとスライシャーが、両手にキャンドルを持って遊んでいる。

 俺は、少し不安になった。

 

「これ後で請求されるパターンだろ」

「わたしもそう思うわ。でも、スライシャーくん、もうロウソクを差して回っているけど」


 小夜子も同調する。


「木箱開けるの早すぎるだろ、さすが盗賊」


 俺と小夜子は顔を見合わせて肩をすくめた。


「はい。炎の矢!」


 俺と小夜子のスレスレを、炎の矢が走り、燭台に明かりを灯していく。

 それとともに映し出されるのは、嫉妬深いレモリーの顔だ。


「危ないだろレモリー」

「いいえ。故意ではありません。この地は炎の精霊の力が強いので、炎系の精霊術は威力が高まってしまったようです」

「……しかし、よく掃除してくれたなあ」


 手の込んだ装飾のマントルピースの暖炉や、年代物の調度品の数々。

 続いて映し出されるのは、広間(サルーン)の壁に駆けられた歴代のロンレア当主の肖像画。

 どの当主も何となくロンレア伯に似ていて、何とも居心地が悪い。


「ちょっと他の部屋見てくるわ」

「はい。(わたくし)がご案内いたします」


 俺とレモリーは広間(サルーン)を後にして、ほかの部屋を見て回った。


 おおよそ2階建ての洋館で、寝室の数は4つ。それに従者用の部屋が8つ。

 日当たりのよい2階の居間(パーラー)からは、セントラル湖が一望できる。


 1階には、そこそこの広さのダイニングルームと、隣接する厨房。

 最盛期には結構な数の従者や調理人が働いていたと思われる。


 ここにも木箱が置かれていて、塩や香辛料などの調味料が並べられている。

 絶対に後で請求されるパターンだが、こちらも当然開封済み。

 スライシャーの仕業だろう。


 書斎だった場所はギャンブル場に改装されており、年代物のチェスの駒らしきものや怪しげなボードやカードなどが棚に並べられている。


「ヒャッハー大将! 賭場ですぜ」

「吾輩も一勝負参るかな」


 そこでは、スライシャーとネリーが卓を囲んで盤上遊戯を楽しもうとしていた。


「ここにあった魔法関係の本は全て旧王都の方に運び込みました。これは賭博が趣味だったおじいさまの意向でしたわね……」


 エルマは何とも言えない微妙な表情でため息をついた。

 この鬼畜令嬢に「悪い人だった」と言わせる先々代のロンレア伯は俺も気になる。


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