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196話・ベストのギッド

「……そうですか」


 茶色ベストの青年は、言葉を濁した。

 その表情から、少しばかりの不満が見て取れる。


挿絵(By みてみん)


「あたくしも、我が夫なれど直行さんの価値観には辟易(へきえき)させられることがありますの♪ この世界に生を受けた者なら、異界人が不気味なのも当然のことですわ♪」


 エルマがいけしゃあしゃあと言葉を続ける。

 自分だって転生者だろうに……。


 まあ、こうやって俺を隠れ蓑にして伸び伸びと生きるのが、彼女にとっては最良なのかもしれないが。


「確かに俺は異世界人だ。違う世界の人間なんて、理解しづらいよな? それは当たり前だ」


 ディンドラッド商会は旧王都で主に貴族向けの商いに特化した豪商だ。

 貴族相手の金融業、領地の運営代行などを行っている。


 必然的に、異界人との接触は少ないはずだ。

 現にフィンフは勇者自治区で鋳造されたコインを珍しがっていた。


「いえ。旧王都でわがディンドラッドと対を成す〝ドン・パッティ商会〟のご子息ジルヴァン様は転生者で、英雄でもありますから、当然その動向はチェックはしておりますよ。理解はできますよ」


 〝勇者トシヒコの仲間たち〟〝魔王討伐軍〟で魔王を討伐したパーティの一員は、俺たちが世話になっている豪商のライバル商家に生まれた。


 ドン・パッティ商会は主に庶民相手に生活用品などを商うことが主だった。

 だが、魔王討伐以後はタイヤやサスペンションなどで事業を拡張しているという。

 そんな話を、道中でエルマが話していた。


「そういえばミウラサキ一代侯爵の本名はジルヴァン・ドン・パッティと言うのですか♪ ずいぶん賑やかな名前ですわね♪ シンバルとドンパッチ♪ みたいな語感が本当に」

「カレムくんかァ……最近はゼンゼン会ってないなあ」


 カレム・ミウラサキことジルヴァン・ドン・パッティ。

 エルマとは違い、出生を明らかにして世間とうまくやっている稀有な例だ。


「お知り合いなのですか」


 茶色ベストの青年は少しだけ驚いた様子だった。

 小夜子の素性を明かせば、驚きは少しでは済まないだろう。


「ミウラサキ一代侯爵には、昔、用水路に落ちた時に助けられたことがありましたわ♪」

「へー! そうなんだ。エルマちゃんカレムくんを知ってるのね!」

「小夜子さん程ではありませんけれどもね♪」

「えーっ! いま何と仰いましたか?」


 案の定、茶色ベストの青年は驚いた。


「そういうの、よしてエルマちゃん!」

「フフン♪ こちらに()()()お方をどなたと心得ますか! 先の魔王討伐軍の主力であり、勇者トシヒコさまの右腕であらせられる八十島 小夜子さまですわ♪ そこの茶色ベスト、頭が高い! 控えい、控えおろう!」

 

 エルマがセンター、俺が助さんポジション、小夜子は格さんポジションだと何か微妙なんだが、ともかくエルマは嬉しそうにタンカを切った。

 建築現場でもそうだったが、どうもこいつは水戸藩二代藩主の黄門さまがお好きらしい。


()()()()()小夜子さまですか。お噂はかねがね。しかしどうしてスラムなんかで炊き出しを?」

「困ってる人たちを、助けたいの! 今回ここに来た理由も、協力してくれる人を探しに来たのよ」

「そうですか」


 茶色ベストは特にひざまずくこともなく、小夜子と談笑している。

 朗らかに笑う小夜子とは違い、彼の眼は笑っていない。


「ど、どうしてですの……。威光が、通じませんわ」


 エルマは悔しそうに地団太を踏んだ。

 彼女の水戸黄門作戦は、身分を明かすタイミングに〝溜め〟がないため、いつも不発に終わる。


「さて、九重(ここのえ)様」


 俺の視線に気づいた茶色ベストが、こちらに近づいてくる。

 〝異世界人の英雄〟小夜子との会話で、彼は何を思ったのか、俺には知る由もない。


「先ほどは失礼を……。九重様のお立場は()()()()様より伺っております。ディンドラッド商会として、決してあなた様を否定する意図はなかった点は、ご承知おきください」

「もちろん。それは分かっている」


 相手が急に商会やフィンフの名前を出してきたことで、このやりとりは主導権争いであると俺は理解した。

 ロンレア伯の令嬢エルマとその夫(建前上)である俺と、実質的に領地を運営してきた商会。

 どちらが優位を取るのか、はっきりしておかなければならない。

 俺は声のトーンを少し落とし、茶色ベストの青年に言った。


「ただ、俺たちに領地運営の委任状を返却してくれた以上、権限はこちらにある。悪いけど、どうするかは俺たちが決める。ただし君の意見も尊重する。反対意見があったらじゃんじゃん出してくれ」

「あたくしたち、飾りではありません事よ♪」


 主導権はあくまでも俺たちにある。

 それをエルマも強調する。


「……」


 彼は何も言わなかった。

 まっすぐに俺たちを見て、微笑する。


「ところでエルマ、俺たちの住む館はどうなってる?」

「湖のほとりにありますわ♪ 絶景ですわよ♪ もう何年も、誰も住んでいませんでしたけど」


 そこへ、茶色ベストの青年が口を挟んだ。


「フィンフ様よりの命で、掃除は済ませてあります。長旅でお疲れでしょう。どうぞおくつろぎください。先ほど申し上げたマンゴーや海老なども、夕食までには届けさせますので」


 ついさっきまで運営の主導権争いに火花を散らし、勇者自治区との取引について意見が対立した彼だが、〝それはそれ〟とした対応を見せてくれた。

 少なくとも、話の通じない相手ではない。


「お気遣いに感謝するよ。そういえばまだ名前を聞いてなかったよな」

「ギッドと申します。ギッド・デニエル。今後ともよろしくお願いいたします」


 茶色のベストを着た青年、ギッドは食えない男だ。


 

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