195話・領主のお仕事
ロンレア領は全村合わせて9つの集落と、今俺たちが滞在している町からなる。
領という割には、人口はさほど多くない。
各村の人口は150人~250人前後。この町の人口も約1000人ほどだという。
ロンレア領全体でも人口約3000人未満の規模だそうだ。
「役場の仕事は大まかに分けて2種類ございます。収益や書類の作成など、事務方の仕事と、インフラ整備や土木工事、トラブルの解決係などの力仕事です」
茶色いベストを着た役人風の青年は、俺たちに説明を始めた。
他の事務員たちはいつも通りの仕事に戻る。
「領主さまのお仕事は、上がってきた資料に目を通して可否を決めることです。失礼ですが皆さま字は読めますか?」
青年が俺たちに聞いてきた。
真面目な顔で、こちらを侮ったような雰囲気はない。
俺が異界人だから言ったのだろう。
「ええ。読めますよ」
「そうですか」
「茶色ベストの役人さん。夫を侮ってもらっては困りますわよ♪」
「そういうつもりではありません」
この世界の文字はふしぎだ。書かれている言語が違ったとしても、内容は頭に入ってくる。
俺が日本語で書いた文字も、彼らは読むことができる。
頭の中に、意味がパーンと伝わってくるのだ。
ただし馴染みのない概念だと正確には意味が伝わらないようだ。
「行政用語も、たぶん大丈夫だとは思うけど、分からないことがあったら聞きますので」
「承知しました。フィンフ様から伺っていた通りの方で、安心しました」
「ああ♪ あの〝お気楽な三男さま〟ですわね♪」
「あの方は、そこまで〝お気楽〟ではありませんけれども」
俺も話の分かりそうな奴が担当者で、安心した。
さすが旧王都でも屈指の豪商が派遣したチームである。
小人数でもキッチリと役場の仕事を回しているようだ。
初対面ではお互いぎこちない印象しか与えられなかったけれど、少しずつでも足並みをそろえていくしかない。
とりあえず俺とエルマとレモリーが簡単な領地運営のノウハウと、引継ぎの説明を受ける。
魚面と小夜子、そして冒険者3人組にも一緒に聞いておいてもらう。
領地運営ともなるとロンレア家だけでは管轄しきれない。
冒険者3人組も含めて、信頼できる人たちと情報を共有しておく必要がある。
ディンドラッド商会から派遣された人たちは信用しているが、すぐに心を許せるような感じではなさそうだ。
◇ ◆ ◇
「……じゃあさっそくだけど、ここの特産品について教えてくれないか」
俺はソファに腰かけ、相手にも座るように勧めた。
「特産品といいますと?」
「農産物、水産物、鉱物、何でもいい。ウチでしかとれないもの。よその領地であまりとれないもの。あるいは、ウチの領地でとれるもので、よそに比べて品質が飛び抜けて高いもの」
上がってきた書類の可否を判断する仕事は、言ってみれば受け身の仕事だ。
もちろんキチンとした判断ができなければ失政してしまうので勉強は欠かせないが。
一方で勇者自治区との取引は攻めの仕事だ。
こちらの得意分野、産業を見極め、売り込む。
「そうですね……。マンゴーなんていかがです? 当地の湖に面した南方は、炎の精霊が強く、とくに暖かいですから、生育がいいです。ディルバラッド・フィンフ様がどこかで入手した品種が驚くほど甘く、王侯貴族の方々から大変人気で、高値で取引されています」
「あら良いですわね♪ 現物はすぐに用意できますの?」
「いえ、収穫と移動を考えると、最低でも1日は待っていただく必要が……」
「じゃあいらないですわ」
エルマの茶々入れはともかくとして……。
高級フルーツは願ってもない商材だ。
炎の精霊が強い土地……というのは後でレモリーに説明してもらうとして、幸先のいい話だ。
「マンゴーは悪くない。ちなみに勇者自治区にも卸してるのかな?」
「ダメです。あー、ダメダメダメダメ。それをやってしまうと、王侯貴族の方々から睨まれます」
青年は、鼻で笑った。誰が異界人などに売るものか、貴人が口にするものだぞ、とでも言いたそうな表情だったが、相手が俺だったのでその先は飲み込んだのだろう。
なるほど。バランス感覚は持ち合わせた人物のようだが、基本的には異界人に警戒感を持つ人物か。
「水産物では、大きな海老が獲れます。身が締まっていて味もいいですよ」
茶色ベストの青年は、故意に話題を逸らした。
海老か……。
勇者自治区のレストランではオマール海老が出されていたが、それと比べて品質はどうだろう。
いずれにせよ、農・水産物は現物を見て、味わってみないと。
「鉱物は?」
「燃えるような輝きの、透き通った赤い宝石が採れます。色合いがいいので、ロンレアの薔薇と呼ばれて非常に高く売れます」
「ふぅん……ルビーとかガーネットみたいな石かな」
とにかく、サンプルを持って売り込みに行かなければ課題も問題点も見えてこない。
俺は即決して話をまとめることにした。
「じゃあ、それら高く売れそうなものを見繕っといて。農・水産物はここにいる連中で味見する。そしたら3日以内に勇者自治区へ行く。自治区のトップに取引を持ち掛けるから、特に品質のいいものを頼む」
俺はソファを立とうとしたのを、茶色ベストは引き留めた。
「話を聞いてなかったのですか? 勇者自治区との取引は危険です」
「具体的に、何が危険なんだ?」
「……彼らは異界人です。それに魔王を倒すような圧倒的な武力の持ち主でもあります。彼らの機嫌を損ねただけで、この土地を灰燼に帰してしまうような絶対的強者との取引は、慎重を期すべきです」
「分かった。肝に銘じよう」
なるほど、こちらの世界の人にとっては、そう考えるのは妥当だ。
もっとも俺は勇者トシヒコと面識はないが、ヒナちゃんの言動やモノの考え方から判断すると、勇者自治区の危険性は少ないと考える。
少なくとも、同じ異界人である俺にとっては……。
むしろ旧王都や新王都や法王庁などの方が、厄介だと感じてしまう。
「……」
茶色ベストの青年は、黙って俺を見ていた。