193話・魔王の話
「さっきから直行さん、難しい顔して。この世界と……って、何ですの?」
エルマが俺の顔を覗き込んで、尋ねてくる。
時の流れがおかしいという点は、言ったところでどうにかなるものではない。
「いや。この世界の半分を支配していた魔王って、どんな奴だったんだろうな……って」
とっさに俺は、別の話題を切り出した。
「そんなの小夜子さんに聞いてみたら良いじゃないですか?」
「いや、別に……」
「ねえ小夜子さん。主人が聞きたいことがありましてよ♪」
「えっ? ナニナニ直行くん?」
俺が意図的に逸らした話題が回ってしまった。
やむなく俺は尋ねた。
「魔王って、どんな奴だったの?」
本当は生年月日を聞きたかったけど、魔王についても気になっていたことではある。
せっかく当事者に直接聞ける機会だし、まあいいか。
「……」
小夜子の朗らかな笑顔が、一瞬で曇った。
深呼吸して麦酒を一杯飲むと、胸に手を当ててもう一度深く呼吸をする。
「小夜子サン、どうかしたのカ?」
その様子に、魚面もレモリーも何事かと注目する。
向こうで騒いでいた3人の冒険者たちも、興味をそそられたのか、やってくる。
「魔王領……ワタシも聞いたコトはあるが……」
「はい。銀の海を越えた先にある土地の総称です」
「吾輩は行ったことはないが、絶えず嫌な瘴気が充満していて、飲み水もない土地だそうだな。魔物はそこで生まれ、翼のある者は人間を苦しめに海を渡るという。魔物にとって、人間の苦痛や絶望がエネルギー源ゆえに、こちらから人をさらうこともあるという」
「怖いところなんだお」
魚面の問いかけに、レモリーと術者ネリーが説明する。
その間、小夜子は指を組んだまま、うつむいていた。
「で、小夜子さん、その最深部というのは?」
エルマの問いに、小夜子は重い口を開く。
「食事時だから話しにくいなァ……」
小夜子は大きくため息をつくと、言葉を濁す。
「魔王ってグロい系なんですか?」
「ゲームとかだと、巨龍系か悪魔系かに二分されるよな」
俺とエルマが食いついた。
「第一形態がイケメンだったりするんですわよね♪」
「そうそう。3段階くらい変身したり、グロくなったり」
日本から来た俺とエルマは興味津々だ。
ただ、小夜子の表情から察すると、俺たちが挙げたいずれとも違うようだ。
「吾輩が魔術師ギルド長から聞いた話だと、巨大な羽虫のようなものであったらしいが、真実ですかな?」
「……あれを虫と言えばそうなのかも知れないけれど、もっと肉っぽい感じかな」
「肉……虫っすか」
スライシャーの顔が引きつっている。
「意外ですわねー。昆虫系のラスボスなんて珍しいですわね」
「……それで小夜子サン、魔王は強かったのカ?」
魚面が尋ねた。
「強いなんてものじゃなかったわ。何人か仲間も亡くなってしまった。わたしの障壁がもっと広範囲だったらと思うと、今でも悔しい。みんなを守ってあげたかったのに……」
小夜子はがっくりと肩を落とし、目を潤ませた。
唇をかみしめて、うつむく姿は、とても辛そうだった。
いつも朗らかな彼女とは別人のような表情だった。
「ごめん小夜子さん。辛いことを思い出させてしまって……」
俺は不用意に魔王の話なんて切り出してしまったことを後悔した。
喉の奥に、もうひとつ別の小骨が刺さってしまったようだ。
「いいえ。小夜子さま。皆さまの偉業がなければ、エルマ様のお立場はさらに悪いものだったでしょう。お嬢様に代わって、お礼を申し上げます」
「レモリー、あたくしはお嬢様ではなくて奥様ですわ♪ でも、彼女の言う通りですわ♪」
「小夜子サンたちのお陰で、今のコノ平和な世界がアル。ワタシには昔の記憶がナイけど、トテモ良いことをしたのは間違いナイよ……」
「みんな、ありがとう。そうだね、亡くなった仲間や友達のためにも、そう思わないとね」
何だかしんみりしてしまったところで、夕食はお開きとなった。
冒険者3人組は、いつの間にか食事を終えて2階の宿に移っている。
俺もほとんど酒に酔うこともなく、宿に移る。
風呂がなかったので、たらいに水を張ってレモリーの精霊術で湯を沸かしてもらう。
石けんで体を洗い、最小限の湯で流す。
女性陣たちもそうしたようだ。
残り湯は下着の洗濯に使った。
その夜は少しばかり寝付けなかったが、考えても仕方がないことだ。
旅の疲れもあったのだろう、俺は夢も見ないような深い眠りに落ちた。