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190話・ロンレア家の歴史 ★地図あり

挿絵(By みてみん)


 ロンレア領へと続く街道は、法王庁へ向かう神聖街道から枝分かれした先にある。

 一面に広がる畑の向こうに、高架式の水道橋が見える。

 あれは魔法王国時代に造られたものだという。

 起点の貯水池から旧王都へと水を運ぶ技術は、1000年という長い時を経ても機能している。


「古代ローマの水道もすごかったそうだけど……人間って、すげえよなあ」

「魔法文明と現代科学文明の融合で、この世界は急速に変化していますわ♪」

「正直わたしは、ヒナちゃんたちの行動はやりすぎだとも思うけど……」

「法王庁の一部では、もの凄い反発がありますわ。あたくしも危うく殺されかけましたからね♪」


 魔王が討伐され、止まっていた文明が異界人のもたらした技術によって再び動き出した。

 俺はこの世界に来てまだ2カ月足らずだけど、そうした息吹はそこかしこに感じる。


「ねえ直行君。ロンレア領って、どんなところなの?」


 不意に、小夜子が尋ねてきた。

 とても魔王を倒した一員とは思えないような柔らかな印象だけど、彼女はこの世界に変革をもたらした張本人のひとりでもある。


「俺も全く知らないんだ。レモリーは行ったことがある?」

「はい。直近では7年前にエルマ様をお連れして」

「あたくしが6つの時でしたわね♪ 当時はこの街道を行くだけでも何度か魔物に襲われましたわ♪」

「はい。(わたくし)の精霊術だけでは御しきれないほどの魔物の襲撃に、護衛の従者たちも何人か負傷したり」

「そんなに危険だったのか……」

「そもそも我がロンレア伯爵家が先の内戦の功績により領地を拝領したのは250年前♪」


 エルマによると、ロンレア家の初代は武闘派の騎士だったという。

 魔物がひしめく世界でさらに人間同士の内乱とは、さぞかし荒廃した世の中だったと思われる。

 それが100年以上続いた後、7代目の時代に領内の本格的な復興が始まった。


「ひいおじい様は治水工事を行ったり、水車技師を呼び込んだり、農地の改革などを行ったようですわね」


 エルマの曽祖父である7代目のロンレア伯は、なかなかのやり手だったという。


 水車による製粉は、それまでも行われていたようだが、曽祖父が規模を広げた。

 さらに小麦の栽培を奨励し、ディンドラッド商会を通じてその販路を広げた。


 これによって得た利益で、一時期は宰相の呼び声がかかるほど優勢だったらしい。

 しかし王が変わったことで、反対派に睨まれて失脚。

 失意のうちに亡くなったという。


 後を継いだ次代の当主は、エルマの祖父に当たる。

 粛清の嵐が吹き荒れる厳しい時代に、貴族同士の勢力争いから背を向ける生き方を選んだ。


「おじいさまは大変な遊び人のフリをして、粛清を逃れました♪」

「フリ?」

「あたくしも小さい頃にお会いしましたけれども、お酒と博打が好きな無頼派で、それはもう悪い人でしたわねー♪」


 相当の遊び人で先々代の財産を食いつぶしたのだとか。

 粛清を免れるために遊び人のフリをしたというが、本当のところは分からない。

 この孫に「悪い人」と言われるような存在は俺も気になるところではある。


「ちなみにレモリーは、おじいさまの代より当家に仕えておりますのよ。もう30年でしたっけ?」

「いいえ。15年です。いい加減なことを言わないでください」


 レモリーは過去のことは語りたがらない。

 俺もあえて聞かないし、これからのことだけでいいと思う。

 御者台で見事な手綱さばきを見せる彼女とエルマは、親子というか姉妹というか不思議な距離感がある。


「お父様の代になって、当家は本格的にディンドラッド商会に領地運営を丸投げしましたの……」


 エルマが、少し顔を曇らせた。


 当代(俺の舌を斬った)ロンレア伯は、良くも悪くも舞踏会や狩猟を好む普通の貴族だったそうだが、エルマが生まれてから数年ほどして、夫婦ともに旧王都の邸宅に引きこもってしまった。

 年を取ってからの愛娘が転生者だと知ったのが原因だった。

 

 エルマの祖父が遊び人だったためか、当代ロンレア伯には異母兄弟が多かったようだ。

 それらの親戚縁者とほとんど縁を切り、領地の運営をディンドラッド商会に丸投げして、徹底的に俗世間からエルマを隠した。

 もっとも、愛情深い両親だったようで、エルマは何不自由なく育ったのだとか。


「先代法王が出した、転生者に対する免罪符の廃止には、当家も肝を冷やしましたけれどもね……」


 勇者トシヒコ以前でも、この世界で転生者は、意外と生まれてきていたという。

 それに、エルマのように前世の記憶を持ったまま、生まれてくる者ばかりではない。

 転生者であることを周囲に隠し通せた例もたくさんあったのだろう。


「法王庁の司祭が、ある日突然、前世の記憶を思い出して破門されたなんて例もあるそうです」


 多額の寄進をして得られる免罪符は、万が一そうしたことになった場合の保険として役立っていた。

 エルマの父親も、娘かわいさに多額の寄進をしたはずだ。


 異界人を嫌った先代法王のゴタゴタは、一部で苛烈な支持を得たものの、一方で法王庁の免罪符収入が激減し、法王自身の求心力の低下を招いたという。

 

「現法王のラー・スノール猊下の代になって、異界人への締め付けが緩和されたことで、当家としてはだいぶ救われたのですが、今度は逆にお父様がすっかり猊下に熱を上げてしまって……あとは直行さんも知る通りです」


 こうして改めて聞いてみると、ロンレア家の浮き沈みは激しい。

 

 俺たちを乗せた馬車は、目的地のロンレア領を目指す。


 

 

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