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189話・ディンドラッド商会および偽装結婚についての顛末


 ロンレア領へは、旧王都から法王庁へ続く神聖街道から西に伸びた街道で入る。


 整備されたばかりの街道で、軽快に馬車を走らせる。

 サスペンションがついているので、乗り心地は悪くない。

 この技術は、勇者パーティーの一員である転生者ミウラサキがもたらしたものだという。

 彼の実家のドン・パッティ商会の主力商品だった。

 

「直行さん。ディンドラッド商会の方には話をつけたんですね♪」


 エルマが悠長に尋ねてきた。


挿絵(By みてみん)

 

 ロンレア伯は領地の運営をディンドラッド商会に丸投げしていた。

 担当は『お気楽な三男様』ことディルバラッド・フィンフ・ディンドラッド。

 マナポーション案件では、法王庁とロンレア家の間に入った債権者でもあった。


 その彼とは数日前に話をつけてある。


 ◆ ◇ ◆


「ロンレア領を直接運営したいのですが、構いませんか?」

「……分かりました。良いですよ」

「良いんですか?」

「もちろん。直行さんはエルマお嬢さまとご結婚なされたことは聞きおよんでおります。そうなればロンレア領の次代当主の資格を有することになりますし、何の問題もありません。ただし」

「ただし?」

「領内で雑務を担当している、当商会の従業員を継続して雇用してはいただけないでしょうか?」

「分かりました」


 拍子抜けするほど呆気なく話がついた。

 俺は違約金なり多額の手数料なりを覚悟していたが、意外にフィンフは物わかりが良かった。


 ◇ ◆ ◇


「しかしお前、ディンドラッド商会のフィンフ氏をはじめ、俺たちの結婚のことが方々に伝わっているようだが……。これ偽装結婚だからな?」


 馬車に揺られながら、俺はエルマに尋ねる。


「偽装であろうとなかろうと、あたくしたちの結婚は貴族の結婚ですから、公にするのが当然です」

「……」


 エルマの声色に、一点の迷いもなかった。

 御者台のレモリーが、背中越しにこちらを気にしているのが分かる。


「前にも申しましたが、直行さん。あたくしは短期間で借金を完済し、決闘裁判を勝ち抜いたあなたの手腕を買っていますの♪」

「だからビジネスパートナーだろう。あまり結婚を強調されるのは困る」


 エルマは13歳だし、レモリーが愛人扱いなのは心苦しい。

 ……と、言うよりも、決闘裁判の時のその場しのぎだった異世界間結婚が、世間に周知されていくのに違和感を覚えるのだ。


「結婚の形式は大事ですわ。ましてや、法王庁をも巻き込んだ決闘裁判を経て、異世界人と保守派貴族の娘の年の差婚となれば、あたくしが転生者だということも悟られにくいでしょう。あたくしが好き勝手に振る舞っても、夫の影響、という事にできますわ♪」

「……お前はそれで良いのかよ? 日本からの転生者なら分かるだろ。結婚って当事者同士の愛情がないと成立しないんじゃないか?」


 俺の質問に、エルマは鋭い目つきを返した。


「前世はともあれ、あたくしはロンレア伯爵家の人間です」

「……」


 俺は二の句が継げなかった。


「直行さん。あなたもお金が入り用でしょう? あたくしも莫大な富を築いて贅沢三昧に暮らしたいんですの♪ 直行さんの金儲けの才能と、当家の所有するロンレア領の恵みを掛け合わせれば、それが叶うと思いますの。だからあなたに、賭けてみるのですわ♪」


 エルマが真面目に考えて下した決断なのは、よく分かった。


「でもエルマ。ひとつ教えてくれ。何だってそんな金持ちにこだわるんだ?」


 エルマはロンレア伯爵家の生まれであり、生活していく分にはまったく苦労しないだけの税収が保証されている。

 借金も返済した今、それなりの贅沢だってできるはずだ。

 しかし彼女は、俺の疑問を一笑に付した。

 

「何で? ……って当然でしょう。あたくしは転生者を嫌う保守派貴族の家に生まれたがゆえに、人生のほとんどを家にひきこもって暮らさざるを得なかったのですから♪」

「……」

「両親からは愛されましたけれども、いつ法王庁に呼び出されて処刑されるか分かったものじゃありませんでしたから、あたくしたち家族はいつだって怯えて暮らしていました」


 そのあたりの事情は、俺には分からない。

 しかしロンレア夫妻の異界人に対する嫌悪感とエルマへの愛情から察するに、相当な苦労があったのだろうと思われる。


 もっとも、神経をすり減らして生きてきた割には、エルマの性格はあまりにも……だが。


「あたくしには人生を取り返す権利がありますわ♪ 青春をエンジョイする権利がありますわ! 堂々と暮らしていきたいのです♪ 遊ぶ金、ほしいですわ~♪」


 これが、彼女の偽らざる本心かどうかは分からない。

 しかし、茶化したりふざけたりする中でも、切実な思いが垣間見られるような気がした。


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