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187話・出発の朝 俺の決意


 ずっと曇り空の下で人生を歩んできた。


 何もかもうまくいかずに、報われなかった俺の32年。

 それが、異世界に呼び出されて、変わろうとしている。


「直行さま。おはようございます。 お支度は整いましたか? さあ! ロンレア領へ参りましょう」


 ドアをノックする音がして、聞き覚えのある涼やかな声。

 ()()()()レモリーが迎えに来た。

 心なしか、彼女の声も弾んでいるようにも感じる。


挿絵(By みてみん) 


 旧王都の下町にある閉店した冒険者の店が、現在俺のいる場所だ。

 1階の調理場は、小夜子が炊き出しの準備に使っている。

 2階の宿屋部分のそれぞれの部屋に、俺と3人の冒険者、そして魚面(うおづら)が間借りしていた。


「すまない。いま起きたところなんだ。10分で支度する。下の酒場のところで待っててくれ!」

「いいえ。直行さまのおそばにいさせて下さいませ。従者として何かお手伝いすることはございませんか?」

「じゃあ、お言葉に甘えて。お湯を沸かしてくれないか?」 

「はい。承知いたしました」


 俺はレモリーを招き入れ、桶に張っておいた水を、火の精霊術でお湯に変えてもらう。

 顔を洗い、髭を剃って髪を整える。


 その間、レモリーは部屋を片付け、布団などの荷物をまとめてくれていた。

 それに加え、まだ眠っている3人組の冒険者と魚面に声をかけてくれた。

 彼らは皆、今回の同行者だ。

 

「ありがとうレモリー。助かった」

「いいえ。では、改めて参りましょう」


 支度を済ませると、俺たちは一緒に荷物を運ぶ。

 宿屋の前に止めてある馬車に荷物を積み込む。


「あ、直行君、レモリーさん。おはよー!」

「はい。おはようございます小夜子さま。今日はよろしくお願いいたします」

「おはよう! 小夜子さん。エルマん()の前で待ってるから、そっちの用が終わったら来てくれ!」


 ちょうど炊き出しに向かう小夜子と行き会ったので、あいさつをする。

 彼女も炊き出しを終えてから俺たちと合流してロンレア領に向かうメンバーだ。


 ◇ ◆ ◇


 今日、俺はこれから新たな人生の門出を迎えようとしている。

 保守派の貴族・ロンレア伯の領地を娘のエルマと共同経営することになったのだ。

 まだ見ぬロンレア領の領地経営に挑戦する。


「いい朝ですね大将。出会って2カ月足らずで、あっという間に領主さまですかい? あんたはすげぇや!」


 盗賊スライシャーは、慣れた手つきでロープを操り、荷物と馬車にくくりつける。

 小器用な彼には、今回も御者を頼むつもりだ。


「いや、領主はあくまでもロンレア伯なので、俺は代官みたいなものだよ」


 エルマとの結婚はともかくとして、領地の共同経営は願ってもないチャンスだった。


「それでも、すごいんだお」

「……直行どのの今後が楽しみでありますな」


 戦士ボンゴロは、すっかり魚面(うおづら)の愛虎の飼育係だ。

 大きな檻を持ち上げ、強引に馬車に積み込んでいる。

 今ひとつ影の薄い術師ネリーは、ブツブツ言いながら魔導書を馬車に積み込んでいる。

 

「まあ。できることからコツコツ積み重ねていくよ」


 これはエルマなど限られた人にしか言っていないことだが、俺の最終的な目的は現代日本に帰ることだ。

 領地の経営は、そのための資金作りでもある。


 この世界に召喚されてきた俺が、日本に帰るためには超希少な魔法術具(マジックアイテム)が必要となる。


 『万能の羅針盤』と呼ばれる魔法術具と、優れた召喚者がいれば、帰還できるそうだ。

 ()()はある。


 勇者自治区のナンバー2、転生者ヒナ・メルトエヴァレンスと知り合いになった。

 彼女は世界有数の召喚術師でもあり、何人かの被召喚者を帰還させているという。

 現在のところ、帰還希望者は10名ほどいるそうだ。

 

 俺が帰還するためには、勇者自治区の国づくりに貢献し、莫大な利益をもたらせる必要があった。

 在庫のマナポーションは全て売り払ってしまったため、新たな商材が必要となる。


 俺は、自領でとれた特産品で、勇者自治区と取引するつもりだ。


「なあ、レモリー。ロンレア領って何がとれるんだ?」

「はい。セントラル湖に面し、三方を山に囲まれた土地ですので、さまざまな水産物や農作物、鉱物資源などもとれるそうです」

「とにかく、何が生産できるか現場を見てみないとどうしようもない」

「はい。左様ですね」 


 エルマの父で現領主のロンレア伯は、領地運営を取引先のディンドラッド商会に丸投げしている。

 地方領主としては無責任極まりないが、転生者である娘を世間から隠し通すために、旧王都の邸宅に引きこもってしまったのだった。


 結果的に、それが遠因で、俺がロンレア領の経営に着手できる機会につながるのだから人生分からないものだ。


 元の世界・日本に帰るためには、一世一代の大儲けを達成しなければならなかった。

 

 正直俺は、楽しみで仕方がない。

 こんな経験は今までの人生で一度だって味わったことはないからだ。


 曇り空の切れ間に、青空が見えたような気がしている。


「さて。エルマを迎えに行って、旅立つとしよう!」

 

 俺は馬車に乗り込み、貴族街のロンレア邸を目指した。

 

 

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