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恥知らずと鬼畜令嬢~ラスボスが倒された後の世界で~  作者: サトミ☆ン
幕間・勇者トシヒコと法王ラー・スノールをめぐる世界情勢
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178話・銀の海を越えた者たち


 魔王討伐軍の噂が、クロノ王国第二王子だったラー・スノールの耳に入ったのは、今から7年前、彼が13歳の頃だった。


挿絵(By みてみん)


 〝勇者〟を自称するトシヒコという転生者によって組織されたという魔王討伐軍。

 元傭兵の旅芸人グレン・メルトエヴァレンスを戦術顧問にして、魔王領を攻め立てるという。


 魔王領は銀の海を越えた先にある前人未到の大陸の総称だった。

 聖龍の加護が及ばないため、おぞましい瘴気(しょうき)が満ち、絶え間なく魔物が生まれる地だ。

 

 この世界の魔物とは、人間とは相容れないものの総称である。

 人間の肉体的な苦痛や、悲しみや絶望などもエネルギー源とする。


 この世界の魔物が人間を襲う理由──。

 単純に肉体を食料にするというわけではない。

 人間の苦痛を摂取するためだ。


 人間が死の間際に放つ絶望こそが、魔物にとっての活力だった。

 だからなるべく長引かせて苦しめ、絶望させてから殺す。


 魔神族や吸血鬼など、狡猾な魔物であれば人間を家畜化することもある。

 魔王領には人間世界から連れてこられて家畜化された集落が存在するという。


 魔王の正体は誰も知らなかった。

 意思があるのかどうかも分からなかった。


 ただ人間は、銀の海の先から来る脅威の核たる存在を魔王と呼び、恐れた。


 人間界でも瘴気(しょうき)が満ちた箇所があれば、そこから魔物が生まれることがある。

 多くの場合、ゴブリンなどの下等な魔物で、大抵は騎士団か冒険者などに退治されてしまう。


 強大な魔物が現れた場合でも、組織立てた侵攻をすることは滅多になかったため、高レベルの戦士や術師の一団ならば、どうにか対処は可能だ。

 また、聖龍は悪い瘴気を食らうので、魔物の発生を抑えることもできた。


 つまり、魔物は存在して人間を脅かすものの、人の住まう地域の一大脅威とまではなり得なかったのだ。


「魔王を討つ?」


 それをこちらから攻め込んで、根元から魔王領を滅ぼそうなどという転生者トシヒコの考え方は、むしろ奇異で、過激に映ったほどだった。


 ◇ ◆ ◇


「なにも、そこまですることはなかろう」

「1000年近く君臨した魔王を討伐するなど笑止」

「人は聖龍さまのご加護で生きていれば充分。銀の海を越えた先に、踏み入れるべきではないのだ」 


 社交界(サロン)の宮廷魔術師や錬金術師たちは、転生者の愚挙だと鼻で笑った。

 しかし少年ラーは、その愚挙にあえて挑む者たちの心理に興味があった。


 なぜ、人は危険を冒してまで何かに挑むのだろう?

 銀の海を越えた先に何があるのか、自分も知りたかった。

 魔王とは一体どのような存在なのかにも興味があった。


「行ってみたい! 銀の海を越えた先に何があるのか、知りたい!」


 だが王子の身分では、それは許されないことであった。

 勇気は必要だが、危険を冒すことは許されない。

 王家の人間には、絶えず護衛がついている。

 自身が危険に身を置くとき、護衛はさらに危険なところに身を置くのだから。


「護衛なんて必要ない。一人でだって行ってみたい」


 彼は好奇心の塊だった。

 やがて魔王討伐軍の快進撃の報が聞こえてくると、ラーはいてもたってもいられなくなった。

 危険を冒して挑戦する者の気持ちも知りたかった。


「見たい! 知りたい!」


 変装して、何度か討伐軍に潜り込んだこともある。

 もっとも、銀の海を越えた魔王領ではなく、新王都の周辺で魔物狩りをしている討伐軍だ。


 目立つ活躍をすると、正体が知られてしまう。

 能力を隠して、そこそこ強い少年魔術師の役を演じた。

 

 そこで出会った転生者たちは、サロンで魔術師たちが嘲り、罵っていた異界人の印象とはまるで違っていた。

 確かに文化の違いは肌で感じたが、彼らの多くは紳士的だった。

 子供だった自分は、特に可愛がってもらった。

 

 これは戦術顧問のグレンと副官のヒナによる軍規が徹底されていたこともあったが、少年ラーにとっては意外だった。


「ねえ、どうして貴方(あなた)は危険を承知で討伐軍に入ったのですか?」


 ある時、討伐軍の一人に聞いたことがある。

 その人は異世界人ではなく、グレンと同じくクロノ王国の民だった。

 彼は笑って言った。


「トシヒコさんやヒナさんは、本気で〝世界を変える〟つもりだ。俺は魔物に両親を殺されて、孤児だったんで奴隷に売られた。クソみたいな人生さ。どうにか逃げてきたがな。魔王がいる限り、俺みたいな奴はいなくならねえ」

「その目標のために、貴方が死んでしまうとしても、ですか?」


 失礼な質問だと思ったが、ラーは訊いた。


「俺の意思は誰かに伝わるだろう。トシヒコさんも、大事な人の意思を継いでると言ってた。万が一あの人やグレン師範が(たお)れても、ヒナさんが継ぐだろう。最前線で戦う小夜子さんやミウラサキさんも絶対にあきらめない。絶対に魔王を倒す。俺も信じている」


 その男が言ったことは、ラーの心に深く焼き付いていた。

 

「この世には、命をかける価値があるものがあるんだ」


 少年ラーは、末端の隊員にさえこうまで言わせる勇者トシヒコに、俄然会いたくなった。

 どうしても銀の海を越えたいと熱望したが、それは叶わなかった。


「ダメかあ……」


 王子という立場が、彼の前に立ちはだかっている。

 もちろん彼は自分の立場を理解していたけれど、討伐軍への参加で、万が一自分が命を落としても、皇太子の兄がいるので王位は安泰ではないか。


 しかし状況は一変する。

 宮廷魔術師たちが、兄を差し置いてラーを皇太子にする策謀を巡らせたからだ。


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