17話・呼び寄せる者との出会い
エルマは静かに語りだした。
「あたくしが召喚術を覚えようと思ったのが、半年前。13歳の誕生日でした」
遠国からやってきたという謎めいた女召喚士が、屋敷を訪ねてきたのだという。
「フードをかぶっていましたが顔や体に縫ったような傷のある怪しげな女性でしたね」
「……?」
顔に傷のある女……だと?
俺がこちらの世界に召喚される直前、駅のホームで見たような気がする。
そのときの記憶はあいまいだから、確証はないけれども。
「傷だらけの女性……どんな奴だった?」
「ふしぎな女性でした。はじめて会ったのに、前にも会ったことがあるような……」
エルマはまるで半年前に見た夢の話をしているような感じで、自分でもおぼつかない様子だった。
目線は遠くを見るようで、話を聞いている俺は、何となく不安になってきた。
「思いっきり不気味な話だな。家に来たのなら、ご両親やレモリーは、追い返したりしなかったのか?」
「それが不思議なことに、あたくしが1人で庭にいるときにフラッと来て、それっきり。まるで白日夢のようでしたわ……」
「夢だったりしてな」
「それはあり得ませんわ。現実に人間を召喚するための補助アイテム『人間のアカシックレコード』を受け取っているわけですから」
かのレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「ウィトルウィウス的人体図」によく似た召喚術具『人間のアカシックレコード』は、俺を召喚する際に用いられたアイテムだ。
もう壊れてしまったけれど、確かに実在はしていた。
「何の目的があって、傷の女はそんなものを配ったのかな?」
「……分かりません。『転生者なら、会いたい人もいるでしょう』みたいなこと言って『人間のアカシックレコード』と『魔晶石』をくれたのです」
「いきなり訪ねてきて、メチャクチャ怪しい奴じゃないかよ」
「……あたくしが転生者であることは、当家にとっては最重要な秘密です。当然あたくしは否定しましたわ。ですが……」
その時の記憶があいまいなのか、エルマはしきりと首をかしげている。
「会ったのはそれっきりです。本当に夢の中の出来事のようで……。でも、ふしぎな実感とレアな魔法の道具をプレゼントされた高揚感は確かでした」
なんとも奇妙な話だ。
突然、傷だらけの女が訪ねてきて〝異世界から人間を召喚するアイテム〟を配る。
いったい何の目的で……?
「俺だったら、どう考えても絶対に警戒する案件だけどな」
エルマは、俺の目を見た後で首を横に振った。
「あたくしが転生者だと知る者がいる。バレたらとても怖い。でもその一方で、これはチャンスだとも思いましたわ」
「……その、魔法の道具か」
「それから半年かけて無我夢中で召喚術を覚えましたのよ♪ 元々魔法の基礎はレモリーから教わっていましたので、術式などを地道に勉強しましたの♪」
「独学でよく覚えられたものだ」
「神童ですから♪」
召喚道具をもらったことをキッカケに、学んだのか。
半年である程度モノにできるって、確かにエルマには飛びぬけた才能があるのかもしれない。
「半年で召喚魔法を覚えたのは、何気にすごい才能かもな。俺も魔法とか使えるようになれるかな?」
「才能がないから無理ですわ♪」
エルマが人を小ばかにしたように小さく肩をすくめて笑った。
もっとも、魔法なんて使えるようになったからといって、借金を返さなければ意味がないけどな。
「……それはそうと『人間のアカシックレコード』とか、売れば途方もない額になるんじゃないか?」
「ええ、古物商に持ち込んでみたら250万ゼニル。勇者自治区で〝価値の分かる転生者〟に売れば1300万ゼニルだそうです。ちなみに魔晶石は1個100万……」
……微妙に、届かない。
「今後、需要が高まれば値上がりするかもしれませんけどね♪ あたくしどもには返済期限がありますので、売らずに使ってしまいました」
しかし、ずいぶんと思い切ったものだ。
「それで直行さんをゲットしたというわけです♪ あなたに寄せる期待の大きさ、分かっていただけましたか?」
人をガチャのカードみたいに言いやがって……。
「とりあえず、そろばんは召喚したので使ってくださいませね♪」
「……お、おう」
「では、もう夜分遅いので、お休みなさいませ♪」
エルマは生あくびをしながら自室へと戻っていった。
俺はランプの明かりを吹き消し、ベッドに入った。
何だか奇妙な話を聞いたために、寝つきは悪かった。
傷だらけの女が夢に出そうな感じがしたが、特に夢も見ないで朝まで眠った。
◇ ◆ ◇
翌日。俺は洗顔と着替えと朝食をカンタンに済ませると、そろばんを片手に街へ出た。
まともに使うのは小学生の時以来だけどな。
もっとも、肝心の売り上げの方は0なので使う機会もないのだけれど。
貴族街も平民街も、街は建築ラッシュに沸いていた。
新しい時代のエネルギーを、ひしひしと感じる。
初日に一悶着があったので、治安は心配だったが、そこまで悪くないのかもしれない。
絡まれたりするのを心配していたものの、トラブルは初日の1件のみだった。
あの時も、エルマがケンカを売ったようなものだったし。
大丈夫そうならば、下町の方にも足を延ばしてみよう。
快晴の空には、今日も聖龍が悠然と泳いでいる。
いったい全長何キロメートルあるんだろう。
異世界は時間の流れがゆっくりしているような気がした。
元の世界ではどれほど時間が経過していることだろうか。
一刻も早く、元の世界に戻りたいものだが。
売れた(というか厚意で代金を置いてくれた)のは、初日のローランドジャケットの彼女のみ。
あと3カ月で目標まで売れなければ、任務失敗ということになる。
召喚者の『呪い』によって、俺はどんなふうに死ぬのだろう。
エルマは「人を召喚したのは初めてだから分からない」とお茶を濁しているが……。
不安になりつつある俺に、ひとつの転機が訪れた。




