175話・手紙~拝啓17歳だった母へ~
勇者自治区サンドリヨン城の執務室。
魔王討伐軍の主力の一人で、転生者の賢者ヒナ・メルトエヴァレンスが手紙を書いていた。
送り先は前世で母親だった八十島 小夜子。
彼女もまた討伐軍の主力であり、ヒナによってこの世界に呼びだされた被召喚者だ。
勇者トシヒコが部屋を出て行って、静まり返った執務室。
アンティーク調の万年筆が躍るように日本語を綴りだす。
◇ ◆ ◇
拝啓 ママへ。
慈善活動おつかれさま。
旧王都の下町の生活は大変だと思います。
暑さ寒さも調整できない暮らしは、ヒナには想像もできなくなってしまいました。
ヒナのやりたい事と意見は違ってしまったけれど、ママの活動を応援しています。
だってママはずっとヒナを応援してくれたから。
ピンと来ないと思うけど、ヒナを生んで育ててくれた未来のママは、そうしてくれました。
どんなときも。
脈絡もない文面でゴメンね。
でも顔を合わせるとうまく言えないから、手紙に書きます。
17歳のママをこちらの世界に召喚してしまって、本当に心苦しく思ってます。
このことが、元の世界にどう影響を与えてしまったか、考えるととても怖いです。
ママの日本での青春を奪ってしまったことも、本当にごめんなさい。
高校時代のママは生徒会長で、ラグビー部のマネージャーも務めてチームを全国大会ベスト4に導き、他にもいろんな部活も掛け持ちしたりして、信じられないくらいみんなに慕われていたそうですね。
ママの同級生の人たちから、たくさん話を聞いたことがあります。
改めてママが、どれだけ人に好かれているのかを、思い知りました。
ヒナもママが大好きです。
そんなママにお願いがあります。
半年に一度は勇者自治区でメディカルチェックを受けて欲しいのです。
回復魔法があるこの世界では、病気なんて怖くない……。
そんなことを思ってるかも知れないけど、念のためにね。
大酒飲みのトシはもちろん、ヒナだって受けています。
自治区のスタッフ全員が受けているのよ。
だってヒナたちはこれから自治区を国にしていく一大事業があるから!
慈善活動に勤しむママの体が心配です。
足がなかったら、ミウラサキ君の車を使って。
同じ旧王都に住んでいるんだもの、交流はしてるよね。
まぁ、彼は国家運営よりも、サーキット建設の方に夢中だけどね。
こちらは皆、相変わらずです。
相変わらず、トシは最低。
言伝を頼まれたけど、書きません!
大体想像通りです。分かるでしょ?
ヒナは最近ボルダリングにハマっています。
ママは知らないかな?
室内でやるロッククライミングみたいなやつ。
カラフルな石を埋め込んだ部屋で、手や足をかけて登って行くの。
空を飛べるのにロッククライミングなんて意味あるの?
……なーんて、ママは思うかもしれないけど。
ボルダリングって、どの石に手をかけて登るか、体と相談するパズルみたいな競技なのよ。
筋肉痛になるくらい夢中でやってます。体も搾れるよ。
今度自治区に来たら一緒にやろうよ。
たぶんママは運動神経が良いから、楽ちんなんだろうけど!
それと自治区にカラオケボックスを作りました。
なんと生演奏を録音して作ったゼイタクな仕様です。
基本、ヒナの覚えてる範囲で耳コピなんだけどね。
楽器隊の皆も、けっこう上手くなってきてるから迫力あるよ。
生音演奏の臨場感は、すごく評判が良いです。
ママのよく歌っていた歌も、たくさん録音しました。
聖子ちゃんも今日子ちゃんも、ママの一番好きなあの曲もあるよ!
ヒナが作った曲もあります。
自治区に来たら、夜明けまで騒ごうよ!
ヒナたちが築いた楽園で、思いっきり楽しもうよ!
美味しいもの食べてさ!
ママのビキニ姿について、書きにくいけど書いちゃいます。
正直、止めて欲しい。
スキル〝乙女の恥じらい〟は、別にビキニを着なくとも発動できるでしょ?
例えばだけど、下着を裏表に付けるのだってアリだと思わない?
可愛いミニスカート履いて、パンツが裏表なのは恥ずかしいでしょう。
ママにはちゃんと可愛い格好をしてほしいんだ。
服なら自治区から、いくらでも送るよ。
ただママはちょっとセンスが古いから、リクエストは受け付けません。
ヒナのセンスを信じて!
絶対可愛いの着せるから!
話は変わって、少し嫌なことがありました。
先日、こちらの世界でヒナを産んだ人たちと再会しました。
もう奴隷商人は廃業したそうです。
今さら? って感じだけど。
生活が苦しいそうなので援助して欲しいと泣きついてきました。
本当は渡したくなかったけど、ママがいたらきっと助けてあげるだろうから、お金を渡して帰しました。
ヒナにはどうしても、あの人たちを許すことはできませんでした。
身寄りのない子供を奴隷にして売買するなんて、絶対にやってはいけないことです。
言うことを聞かない子供に暴力を振るったことも忘れません。
きっと何人かは亡くなっている子供もいたでしょう。
ヒナがあの人たちからご飯を食べさせてもらっている裏で、何人の子供たちが悲惨な目に遭っていたのでしょう。
そのことを思うと、今でも心が張り裂けそうになります。
ゴメンなさい。ママへの手紙でこんなことを書くなんて。
今のヒナにとって、親はママだけです。
愛してる。
ヒナのことをピカピカの宝物だと言ってくれたママの言葉は、ヒナの心に焼き付いています。
大好きなママ。
何度生まれ変わっても、ママの娘でいたい。
また一緒に暮らせる日を夢見ています。
産んでくれてありがとう。
体には気をつけてね。
ヒナより。
◇ ◆ ◇
手紙を書き終えたヒナは、大きく息を吐いた。
「典型的な、夜中に書いた手紙だわ……」




