173話・転生者ヒナとメルトエヴァレンス一座
陽菜と小夜子は親子ではあるものの、この世界ではきわめて複雑な関係だった。
転生者ヒナは、死んで、こちらの世界で2度目の人生を送ってきた。
一方の小夜子は、42歳の時に現代日本で病気で亡くなっており、こちらへ転生してはいない。
前世の陽菜が母親を喪ったのは17歳の時だった。
◇ ◆ ◇
ヒナが前世の記憶を持ったまま、転生したこの世界での幼少期は、辛い日々だった。
奴隷商人をしていたこの世界での両親のことは、ヒナにとっては思い出すのも虫唾が走る。
両親はヒナを可愛がってくれてはいたが、他人の子供に値段をつけて売ることに何の疑問も持ってはいなかった。
6歳の時、ヒナは強い口調で奴隷商いをやめるよう、両親を説得した。
親のいない子供を商品にすることが、いかに卑しい事かを説き続けた。
年端もいかない娘が、流暢な言葉で両親を説得する姿に、彼らは驚いた。
同時に娘の聡明さに感心し、舌を巻いた。
しかしヒナの奴隷商を否定する言葉は激しくなり、次第に両親を罵倒するようになった。
当初は苦笑いをしていた両親も、次第に怒るようになり、ケンカの絶えない家庭となった。
ヒナが家出をしたのは、12歳の時だった。
彼女が両親の目を盗んで奴隷の子供たちを逃がし、家を出た行動は、今でも自分は正しかったと信じている。
奴隷商の寄宿舎を急に追い出された少年少女たちから逆に恨まれたのは意外だったが、それでもよかったと思っている。
そんな矢先、旅芸人のメルトエヴァレンス一座に拾われた。
これがヒナの人生の転機となった。
座長のグレン・メルトエヴァレンスは、元傭兵。
戦で片腕を失ってからは、剣舞の演者として生計を立てていた。
ある雨の日に街道沿いの木陰で雨宿りしていたヒナと出会った。
「お嬢ちゃん、両親はどうした?」
強面で無精ひげ、かつ隻腕の男に声をかけられたヒナは、初対面のグレンを山賊か何かだと思った。
夢中で逃げた彼女を、グレンは容易く捕まえた。
「悪人面してるが、おれはまあまあ良い奴だよ。迷子なら両親のところへ送るぜ」
そう言って、街道に停めてあった馬車の一団を指し示した。
道化師や踊り子、大男に小男たちが陽気に手を振っていた。
「ここにいさせて下さい。親はもういません! 歌と踊りができます!」
前世でのヒナは芸能人だった。
ガールズダンス&ボーカルグループの一員として、歌と踊りは得意だった。
「そうかい。じゃあ来な」
グレンは特に詮索せずに、温かい食事を出してくれた。
こうして彼女は13歳で、歌い手兼踊り子として座付きの芸人となった。
ヒナには魔法の資質もあったため、座付きの魔道芸人から様々な魔法を学んでいった。
旅芸人の魔法は、火を吹いたり水を宙に浮かべたりする。
種も仕掛けもない素朴な手品のようなものだったが、彼女は飲み込みが早く、1年もしないで魔道の基本をマスターしてしまった。
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。当一座自慢のヒナ嬢による摩訶不思議な歌舞踊でござい!」
ヒナの得意芸、魔法とダンスと歌を組み合わせた演目は物珍しく、彼女の美貌もあって、たちまちのうちに看板芸人となった。
特にヒップホップダンスの動きは、こちらの世界にはなかったもので、斬新だった。
日本のマジックショーやエンターテインメントを意識した演出も、冴えわたっていた。
一座の公演は、立ち見が出るほどの活況を呈した。
しかし稼ぎ頭となったことが、ヒナの孤立を招いてしまう。
一座は身寄りのない者たちの集まりだったが、転生者は彼女一人だった。
座長は庇ってくれたが、一座の他の芸人たちとは元々の文化や価値観が違うため、話が合わない。
特に女性メンバーの中には一部、春をひさぐ者もいて、ヒナは彼女らの行動が許せなかった。
「自分の性を売り物にしないで! 芸で魅せるのがこの一座の誇りのはずよ!」
「あたいは好きでやってるんだ。ここの給料だけじゃ髪飾りの一つも買えない。気持ちいいことして贅沢ができて何が悪いっていうんだい。貴族様じゃあるまいし、野良猫に道徳なんてバカバカしい!」
また、年頃になったヒナを口説く者も現れ始めた。
13歳の女性といえば、この世界ではそろそろ結婚する者がいても珍しくはない。
また無頼の旅芸人一座では、女性に対して半ば強引に事に及ぶ事件も少なくはなかった。
孤立と、身の危険が迫っていた。
ヒナは朝も夜もグレン座長の目の届くところで生活し、貞操を守った。
そんな中である日出会ったのが、傷だらけの女「ヒルコ」だ。
彼女との出会いは、まるで夢の中の出来事のようだった。
「転生者なら、懐かしい人にも会いたいでしょう」
傷だらけの女は、そう言って〝人間のアカシックレコード〟と呼ばれるウィトルウィウス的人体図が描かれた金属片を差し出してきた。
(これを使えば、ママを召喚できる)
召喚師でもあるヒナが小夜子を召喚したのは、回復魔法の存在する世界で彼女を助けたかったからだ。
一世一代の賭けだった。