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恥知らずと鬼畜令嬢~ラスボスが倒された後の世界で~  作者: サトミ☆ン
幕間・勇者トシヒコと法王ラー・スノールをめぐる世界情勢
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171話・抱きしめて☆トゥナイトⅡ


 勇者自治区の執務室は静けさに包まれていた。

 窓の外はすっかり夜。

 サンドリヨン城下は色鮮やかなイルミネーションに彩られている。

 その周辺の商業スペースや居住スペースの夜景が一望できた。

 

 勇者トシヒコと賢者ヒナ・メルトエヴァレンスはソファに腰かけていた。

 近すぎず遠すぎない微妙な距離感で、アンティーク調のソファに座っている。


「まだ帰らないの?」

「今晩はここで飯食っていくよ」


 トシヒコは立ち上がり、執務室の電話に手をかけた。

 1930年代ヨーロッパ・ビンテージ風の、木製に金属の装飾が施された受話器を取る。


「厨房につないでくれ」


 電話交換手にそう伝えると、トシヒコはヒナを見た。


「ヒナちゃんも何か食べる?」

「今は食べたくない」

「食べないと体に毒だよ」

「じゃあストロベリー・フロマージュ」


 ヒナはソファに寝ころびながら、無表情に注文する。

 一方、電話の向こうでは交換手によって厨房の担当者が呼び出された。


「おう俺だ。江戸前寿司食いたいんだけど握れる奴いたっけ? 定時で帰った? できる? ……いや、違う、違うよ。それだとおにぎりだろ。酢合わせしたご飯わかんねーの? お前それでも転生者かよ! ……ルームサービスのメニュー? どこにあるんだ?」


 受話器のそばにあったルームサービスのメニューが宙に浮いた。

 ヒナの念力(テレキネシス)で、トシヒコの目の前に広げられる。


「ん~と。じゃあ牛タンシチューと電氣ブランのオールド。あと黒ビール。それとサラダにはタコ入れてドレッシングは醤油ベースだ。焼き牡蠣も頼む。デザートはアイスでストロベリー何とか。食後でなくていいよ。一緒に持ってきちゃって」

「承りました。20分ほどお待ちいただけますか?」 


 一通り注文を終えたトシヒコは受話器を置くと、元のソファに戻ろうとした。

 しかし二人掛けのソファにはヒナが寝そべっているので、仕方なくスツールに腰かける。


「ここでガッツリ食べちゃって平気なの? 奥さんたち心配してるんじゃない?」

「ヒナちゃんの方が心配だよ」

「聞きたくないけど、ハーレムって今何人いるの?」

「43人。ヒナちゃんと小夜ちゃんを入れたら45人」

「ふざけないで! 冗談でもヒナとママをカウントしないで!」

「割と本気だよー。ヒナちゃんはともかく小夜ちゃんは正妻にしたいと思ってる。愛してるから」


 トシヒコは飄々とした態度で肩をすくめて見せた。


「最低」


 ヒナが執務机の上に置かれたアンティークな燭台を指さすと、先ほどのメニューと同様に念力(テレキネシス)が発現し、宙に浮いた燭台は超高速でトシヒコ目がけて襲い掛かった。


 勇者は、それをこともなげに指先で止めると、燭台は砂のように粉々になって絨毯に落ちた。

 常人では何が起こったのか分からない一瞬の出来事だった。


「暴力は良くないな」


 トシヒコは穏やかに諭したが、ヒナの苛立ちは収まらなかった。

 無造作に投げ出した足を、子供のようにバタバタしている。


「そもそも聞きたくないハーレムについて聞いて、勝手にキレたヒナちゃんが悪い」

「知ってる? そういうのロジハラっていうのよ」

「ハラスメントは良くないけど。息苦しい世の中だけは作らないようにしようぜ」


 ヒナは唇をかみしめて黙ってしまった。

 彼女の苛立ちが、トシヒコに対するこじれた恋愛感情であることは、ヒナ自身も明確には自覚できていなかった。

 ずっと片思いをしていた相手が、勝手にハーレムを築いた挙句、自分も母のことも好きだと言う。

 トシヒコの性格はヒナには未だにつかめないでいる。


 気まずい沈黙が続いた後、料理の到着を告げる電話のベルが鳴った。

 注文した料理は、小荷物専用のエレベータで運ばれてくる。

 デザインはアンティーク家具に調和するようにレトロ調で、昇降一体型の小型リフトである。


 執務室や私室で食事をとることが多いヒナの要求に、勇者自治区選りすぐりの建築魔道士たちが応えた格好だ。

 スープなどの飲み物もこぼさない、超精密稼働の逸品だった。


「これ改造して、人間が乗れるエレベータつくろうよ」


 トシヒコはブツブツ言いながら、会議用のテーブルを拭くと、シチューやサラダなどをテーブルに並べていく。

 ヒナも無言でストロベリーフロマージュを手に取り、テーブルの上に置いた。

 冷蔵庫から炭酸水入りのビンも取り出し、シャンパングラスに注ぐ。


挿絵(By みてみん)


 トシヒコは指の上にグラスを乗せて口元まで運ぶ。

 小さなグラスに表面張力が働くほど、なみなみと電氣ブランが注がれている。

 普通であれば、間違いなくこぼれてしまうほど注がれているのに、琥珀色のカクテルは微動だにしない。

 極限まで鍛え上げられた勇者の器用度が、ありえないような精密動作性を発揮し、まるで手品ショーのようだった。


「じゃ、ヒナちゃんカンパーイ」

「……いただきます」


 トシヒコが突き出したグラスを無視して、ヒナはスプーンを手に取った。


「つれないねえ」

「ん……。そのお酒、薬草みたいな匂いがするのね」

「おっ、ヒナちゃん一口飲んでみる?」

「やめとく」


 アルコールをまったく口にしないヒナが、珍しく興味を示した。

 電氣ブランは浅草の老舗バーの看板メニューで、ブランデーベースのカクテルだ。

 ジンやワイン、オレンジリキュールのキュラソー、そして薬草などがブレンドされている。

 

 配合は秘密ということになっている上、あくまでも再現したモノであるため、厳密には「偽電氣ブラン」ということになるのだが、トシヒコは気にしない。


 実際には彼も本物は飲んだことがないのだ。

 前世では14歳から40歳まで引きこもりを続け、空想と本とネットとゲームだけが人生の全てだった。

 その時に得た知識を、ヒナが召喚した人材の力を借りて再現してもらっているに過ぎない。


 そうした意味では、ヒナの描いた勇者自治区の構想も同様だ。

 前世の断片的な記憶を、建築魔道士や特殊スキルの持ち主の力を借りて形にしているに過ぎなかった。


「トシ、悪いけど。食べ終わったら、帰ってくれる? ヒナはママに手紙を書くから」


  苺味のアイスクリームを食べながら、ヒナはぞんざいに言った。


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