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恥知らずと鬼畜令嬢~ラスボスが倒された後の世界で~  作者: サトミ☆ン
幕間・勇者トシヒコと法王ラー・スノールをめぐる世界情勢
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169話・仮想敵


「込み入った話って?」


 勇者自治区のサンドリヨン城の最上層では、勇者トシヒコと賢者ヒナ2人だけの対話が続いていた。

 いつの間にかテーブルの上にはコーヒーと紅茶が置かれている。

 ヒナはアプリコットティー、トシヒコはブラックコーヒーに砂糖を入れたものだ。


「ハーレムの増設とか、くだらない話ならヒナお開きだからね」

「……それもいいけど、またの機会だな」

「……」


 普段は漂々としているトシヒコだが、眼光が鋭くなっている。

 諜報部員たちの定例報告を適当に聞き流していた彼とは別人のように精悍かつ老獪な顔だった。


挿絵(By みてみん)


 ヒナの背筋に冷たい汗が伝った。


「オレたちの世界史上でいちばんヤベー奴って誰だと思う?」


 不意に、トシヒコが切り出した。

 ヒナは少し考え込んだ。

 ティースプーンでカップの中に沈んだドライフルーツの杏子(あんず)を転がす。


「何をもって〝やばい〟かにもよるけど、車輪かパンを発明した人?」

「それは〝すごい人〟だな」

「名前が残ってて後世への影響力を考えるならイエス・キリストとかブッダとかの宗教家?」

「いや、宗教家は本人よりも〝伝道師たち〟のがヤバい」

「権力者ならアナタの好きなアレクサンダー大王だとか、ユリウス・カエサル? アショーカ王?」

「経営者だとイーロン・マスクは面白いよな」

「個人的にはゼロを発明した人やノイマンかラマヌジャンを推したいけど、アナタは数学に興味ないでしょう……」


 ヒナは思いつくままに名前を挙げて見せた後、ちびりとアプリコットティーに口をつける。


 しかしトシヒコは腕を組んだまま、うんうんと頷くだけだった。


「ヒナ降参。で……誰?」

「ペン一本で20世紀の歴史に大きな影を落としたヤベー奴」

「ひょっとして、経済学に資本論の……あの人? てか勇者様は革命を心配してるの?」


 思いがけない存在に、ヒナは反応に困った。


「まあ、俺も元の世界に生きてたら思いもしなかった人物だけどな」

「意外というか……人類史への貢献度と言ったら格下感さえあるけど」

「思想が正しいとか間違ってるとかは問題じゃないんだ。そもそも〝思い〟自体に正邪なんてないよ。実行に移さなければ」


 トシヒコはコーヒーに映る自身を眺めながら、頷いた。


「怖いのは、実行。民衆を扇動することができる人間だ」

「……そんな人たち、ヒナたち以外にいる?」

「少なくともオレたち〝異界人〟は便利な技術を紹介しただけで、民衆を煽った覚えはない。ただ、今()()世界には煽れる力を持ったヤツが一人だけいる」

「法王ね」

「そう。だが幸いというか、今あの坊主は抑止力となっている。可愛い顔して、よく狂信者を抑えてくれているよ」


 勇者トシヒコと現法王ラー・スノールに面識はなかった。

 しかし魔王討伐軍時代、クロノ王国の王子が身分を隠して参加していたとの情報がある。

 トシヒコたちに確証はなかったが、銀色の髪の少年魔道士は何度か見た覚えがある。


「法王じゃないなら誰?」

「ヒナちゃんは色んな人を召喚したよな。それはいい。ただ、この先たくさんの人々の生活が豊かになっていく中で、人々の利害がかみ合わなくて不満が募ることもあるだろう。発展が行き詰まることもあるだろう。そんな時に、民衆を扇動して何かを起こす奴が出ないとも限らない」


 その言葉に、ヒナは首を振る。


「思想・言論統制しろって? 嫌よ。ヒナたちの自治区は、絶対に言論の自由が保障されるところじゃないとダメ。たとえトシが否定されたり、ヒナが悪口を言われても、それ自体では罪に問わない」


 彼女は反論する。

 ヒナ自身にとって、勇者自治区は二度と帰ることのできない現代社会の代替物ではなかった。

 そこは一生をかけて築き上げる理想郷であるべきものだったから。


 その全体像がテーマパークなのは置いておいて、彼女は必死だった。


「……オレが言いたいのは、ある種の概念、思想──で、理論武装した扇動者。人々の価値観やライフスタイルを操るようなペテン師」

「──!」


 ヒナはハッとして口を押えた。


「たぶん遠からず現れるだろう、そいつを仮想敵として頭に入れておくべきだ。自治区で出るか、法王庁に急進的な伝道師が現れるかもしれない……」


 トシヒコにはひとつの懸念があった。

 それは今後この世界が発展するに伴って生まれるであろう価値観の変化と多様性だ。


 この変化に対して、少なくとも彼が出会った人々は純粋すぎる印象があった。

 事実、自身による魔王討伐軍結成も、当初は鼻で笑われたものだ。

 しかし魔王領を切り崩すたびに、ある種の流行として広まっていった。


 最終的には国家間戦争規模の物資が供給されるほどの一大事業に変質していた。

 魔王討伐のムーブメントも、ある種の扇動のようなものだったと、現在のトシヒコは認識している。


 その当事者として、今後起こり得る社会変革の恐ろしさは肌で感じていた。


「流行や思想って怖いのな。この世界に転生して、魔王なんか倒して分かったのは、武力なんかよりもよっぽど恐ろしいのが、そういう人々が持つ()()()()()()。宗教も怖いけど」


 ひとしきり話し終えたトシヒコは、冷めかけたコーヒーを一口で飲み干した。

 

「……」


 一方、ヒナの顔は青ざめていた。

 まさにトシヒコが語った人々の見えざる意思、流行や人の思いの移り変わりそのものが、前世の彼女の生命を奪ったからだ。


「どうした? ヒナちゃん」


 トシヒコの声は、彼女には届かなかった。

 ヒナは顔を抑えてソファに腰かけたまま(うずくま)った。


 ──思い出したくもない前世の記憶がよみがえる。



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