167話・勇者自治区のトシヒコとヒナ うわさの男1
2章~3章の幕間では三人称視点でお送りさせていただきます。
勇者自治区は、有名テーマパークをモチーフとして造られた区域だ。
魔王討伐の恩賞として、勇者トシヒコに与えられた領地である。
かつて旧魔王領との境にあった前線基地を更地にして造られた。
広さは約100万㎡。
おおよそ、日本の某有名ドーム球場20個分の広さになる。
勇者自治区の全体構想は、転生者で勇者パーティーナンバー2のヒナ・メルトエヴァレンスの強い意向によってもたらされた。
なかでも象徴的なのが、中央にそびえるメルヘン調のサンドリヨン城。
絵本のような外観だが、内装はしっかりとつくり込まれたアンティーク調だった。
前世の彼女は夢と魔法の王国が好きだった。
しかし、転生先の世界は必ずしもそうではなかったため、自分好みの世界創造に邁進している。
その日も、ヒナは日暮れまで勇者自治区の管理・運営のための職務に勤しんだ。
日没後は、諜報部の定例報告を受けて今日の日程を終える予定だった。
「ヒナちゃん、お城にエレベーター付けようよ。6階まで螺旋階段でのぼるの大変だよ。目が回るし、坐骨神経痛で痛くって痛くって」
「歩くのが面倒なら、魔法で空飛べばいいでしょう」
「空飛んだって、腰は痛いんだよ~」
ヒナの執務室に現れた男は、腰を押さえながら言った。
彼の名はトシヒコ。
魔王を討伐したパーティーのリーダーである。
この世界において、ただ1人〝勇者〟を名乗ることを許された存在だった。
頭につけた宝石のついたサークレットが、国王より与えられた勇者の証でもある。
年のころは25~6歳。
漂々としていて、食えない印象だった。
「お爺ちゃんみたいなこと言わないでよ、トシ」
「だってオレ体感年齢65歳だよ。前期高齢者だよ。あー腰いてえ」
トシヒコはアンティーク調のソファに腰を下ろし、ラフな恰好でくつろぎ出した。
「前世の年齢はカウントしない! そんなこと言ったらヒナだってオバサンってことになるじゃない。それは嫌だ」
「そうすると若いのは小夜ちゃんか。こないだ会ったんだろ。俺も会いたいなあ小夜ちゃん」
「トシがハーレムなんてくだらないことをやるから、ママは去って行っちゃったんだよ」
「そうかなあ。違うと思うけど?」
そんな英雄2人のやりとりを、被召喚者の神田治 いぶきと、アイカこと木乃葉 愛夏が緊張した面持ちで聞いていた。
「ヒナ様。そろそろ、よろしいでしょうか……?」
「ええ。いぶき君、始めて」
ヒナがパチンと指を鳴らすと、いぶきは背筋を正して話し始めた。
「では、これより諜報部からの定例報告を行わせていただきます」
いぶきは胸ポケットからスマートフォンを取り出した。
アンティーク調の家具が並ぶ部屋には、場違いな代物だ。
しかし、この部屋にはもういくつか似つかわしくないプロジェクターがあり、ケーブルに接続している。
小さな芝居小屋の緞帳のようなカーテンを開けると、スクリーンが現れる。
すると図ったように部屋の明かりが消えた。
浮かび上がったスクリーンには、人口の推移や税収などのデータがグラフで投影されていた。
この世界にはインターネットはまだ存在しない。
しかし電化製品に関しては精霊石を利用した魔法技術と、現代の科学技術を融合した新技術が構築されつつあった。
魔法動力で電子機器を使用する技術・ハイブリッド・マジックデバイス(仮)と名付けられたそれは、勇者自治区のごく一握りの人々によって試験的に運用されている。
「──このように転生者や被召喚者に成りすました入植者も後を絶ちません」
いぶきは画面に映し出されたデータやグラフを、プレゼン用指示棒で差し示す。
険しい顔で見つめるヒナ。
大あくびをするトシヒコ。
緊張した面持ちで発言の機会をうかがうアイカ。
画面を見る者たちの反応はまちまちだ。
「異世界人ブローカーみたいなのが暗躍しているらしいわね」
「当局が摘発した自称・転生者を仲介して手数料を受け取っているブローカーは確認しています」
いぶきが得た情報によると、勇者自治区を目指す者は二通りに分けられる。
・単純に新天地を目指す者。
・振興著しい勇者自治区で得た利益を、どこかに還元する者。
前者の場合、ブローカーは単純に顧客を転生者に仕立て上げることで料金を受け取る。
後者の場合は、仲介人として利益をどこかに流す役割も負う。
当然、手数料は取るだろう。
「背後関係が気になるところね……」
「ヒナ様、そうなんですよ~! ウチ、どうも背後に新王都=クロノ王国・文明解放軍がいるんじゃないかって噂を耳にしてまして……」
ヒナは眉間にしわを寄せて腕を組んだ。
肩にハイビスカスの刺青を入れた被召喚者アイカが、ここぞとばかりに話に乗ってくる。
「アイカ、諜報部員が単なる噂を俎上に上げたらダメじゃないですか?」
神田治いぶきは、アイカをたしなめる。
セルフレーム眼鏡の位置をクイッと正しながら、上から目線で言った。
「ううん、いぶき君。噂だろうと由々しき問題だよ。特定の組織が意図的に人員を送り込んで来たら、合法的に自治区が乗っ取られてしまいかねないから」
「これは出過ぎたことを申しました。ただ、ご存じのように新王都とは表向き友好関係を続けております。慎重に事を運びます」
「そうね。いぶき君に一任するわ」
「なあヒナちゃん、構うことなんかねーよ、怪しい奴みんなぶっ飛ばせばいいんだ」
ほとんど関心を示さなかったトシヒコが、面倒くさそうに言った。
「トシの英雄外交は、もう通用しない。ヒナたちの自治区は仮にも民主主義だから。外交もそういう体面を整えてキチンとする。ヒナたちが主導して中世風の世界そのものを変えていかないと」
「現状、きわめて脆弱な民主制ですけどね」
勇者自治区は建前上は民主主義制度ということになっていた。
リーダーに当たる執政官は、住民による直接選挙によって選ばれる。
もっとも、できたばかりの自治区ということもあり、政治制度はまだまだ未成熟だった。
それに加え、周辺各国との関係は微妙だった。
勇者一行を「世界を救った英雄」として無下にできない一方、自治区の住人は「異界人」として下に見られている。
事実、他国との交渉は英雄本人が行かないと話にならない。
この6年間、執政官は勇者トシヒコと賢者ヒナが各1年ずつ交代で務めている。
「制度なんざ関係ねえよ。棍棒だろうが砲艦だろうが札束だろうが、美辞麗句のオブラートに包んで相手をひっぱたくのが外交の本質だろう」
「トシヒコ様の言うことも一理あります。〝外交は武器を使わない戦争〟ですからね」
「だとしても、ヒナたちはいつまでも〝英雄〟を笠に着てはいられない。自治区が国家として成熟していくためにはね」
「そのためにも、ウチらが活躍してるわけじゃんね」
「そう。〝英雄〟に頼らない外交を志す以前に、人類にとって〝情報〟は最大の武器だからね」
ヒナはスクリーンに映し出される文字データや画像をひとつひとつ確認しながら、頷いたり首を傾げたりして流していた。
そんな中で、法王庁に関するデータのところで、ヒナの目が止まる。
「あれ? これは確かママのお友達で、マナポーションを売りさばいてた彼氏……」
いぶきが「わが意を得たり!」とばかりにニッコリと笑った。
「先日お会いした九重 直行さん。法王庁で、とんでもないことをやってのけましたよ」
勇者トシヒコのキャラデザが、まんまル〇ンになってしまいました。デビルサ〇ナーの葛葉キョ〇ジ+ル〇ンのイメージでしたが……。ヨ〇ヒコの山田さんも頭をよぎったのですが……。