166話・異界風での宴2
「俺はエルマとロンレア領の直轄経営をするつもりだが、よかったら皆にも手伝ってもらいたいと思っている」
俺たちは、これからのことを話し合う。
カウンターで店主に絡んでいたエルマが、俺の右横にチョコンと座る。
「大将、せっかくのご厚意ですが、あっしらは冒険者を辞める気はねえです」
「吾輩も、もはや冒険者で身を立てる時代ではないのは承知しているが、意地というものがある」
「おいらはおいしいモノが食べられるなら何だっていいお」
冒険者3人組は微妙な反応だった。
「あたしもロンレア家に仕えるのはちょっとね。冒険者として仕事を頼むのなら受けるけどね」
知里は頬杖をつきながらグラスを傾けている。
「ああ。生き方を変えろなんて言わないよ。ただ、今のメンバーで相互扶助のギルド、ないしクランみたいな組織をつくりたいと思っている」
「ハーレムですか直行さん♪」
「茶化すなエルマ」
「直行、いま考えてることを具体的に言ってみたら?」
俺の心を読んだ知里が言った。
彼女の特殊スキル「他心通」は他人の思考を読み取る能力。
「そう。たとえば、魚面の目的は自分の顔と記憶を取り戻すことだ。ヒルコという謎の女も探している。そういう目的があったら持ち寄って、皆で解決しようという、ゆるい同盟のようなものだ」
「ワタシの目的に皆が協力してくれるのカ……」
「わたしは魚ちゃんから検体をもらってスキル結晶を作るッ。代わりに彼女の顔を復元する手助けをする。そういう約束はすでにできているッ」
「じゃあ、あっしがそのヒルコとかを探る手伝いをしたら、何かしてくれるんですかい?」
「ワタシにできることならナ」
「だったらあっしは……」
「スラの字、そこまで!」
スライシャーの発言を、知里が遮った。
「ねえスラの字、魚ちゃんカタギになりたいんだから、いま考えてるような物騒なの相互扶助はやめなよ」
「へ、へい。知里姐さんすいません」
「物騒な相互扶助って、スライシャーは何を願ったんだ?」
たぶん豪商への強盗だ。
だいたい想像は付いたけど、あえて聞いてみる。
「盗賊と元暗殺者の相互扶助だもんね。あんたの想像通り」
「しかし、心が読めるって改めてやべえ能力っすね……」
「魚ちゃんはカタギとして生きていく。物騒なことはさせないで」
「知里サン、アリガトウ……」
「ああみんな、仲がいいんだなー。こういうの久しぶり。大好きよー」
そのやりとりを見ていた小夜子が、満面の笑みで呟いた。
「分かった! わたしにも協力させてよ!」
「小夜子さんも困ったことがあったら言ってくれ。というか、今のままだと炊き出しはあんまり効果的じゃないから改善しよう」
「そうかなあ……」
朗らかだった小夜子の顔が、少しだけ曇ってしまった。
「気を悪くしたらゴメン。でも、炊き出しを小夜子さんやカーチャだけで回すのには限界があるよ。大規模にやった方が断然いい」
小夜子は半信半疑のようで、首をかしげている。
「とりあえず、俺の当面の仕事はロンレア領の生産性の向上と物流網の形成だ。その流れの中で、炊き出しみたいな慈善事業を大規模化できればいいと思っている」
「なるほど、それなら分かるわ!」
「ふうん……」
知里は、あいまいな相づちを打つ。
こればっかりは成果を出さないと納得してもらえないだろう。
「収穫した農作物で売れそうなのは、異界風はもちろん、勇者自治区とも取引するつもりだ。そして余りものというと聞こえは悪いけど、規格外のモノは炊き出しに回す」
「直行しゃま~。頼もしいでしゅ~! しゅ~しゅ~」
「わたしとしては、炊き出しでもキチンとしたものを食べてもらいたいけど」
俺の目をまっすぐに見て、小夜子は言った。
なるほどヒナちゃんの言う通り、彼女は朗らかだけど、ものすごく頑固だ。
「もちろんそうだけど、理想だけじゃやっていけない。でも、理想には届かせる。少しずつ協力できることを回していけば、事業は大きくなる。そうすれば、救える命が劇的に増える。小夜子さんの力が必要なんだ」
「分かった。とても素敵なアイデアだと思う。この世界から貧困をなくしましょう」
俺と小夜子は固く握手を交わした。
「ねえ直行。あたしには何かないの?」
「何かって、知里さんは何かやりたいことある? あったら全力で協力するけど……」
「う~ん……ない、かな」
知里は少し考えた末に、首を振った。
彼女の「心が読める能力」は数あるスキルの中でも突出している。
やろうと思えば権力者に取り入ることだって造作もないことだ。
ギャンブルで大儲けすることもできるだろうし……。
魔力にも恵まれているから、元の世界に帰ろうと思えば、俺なんかよりもはるかに容易に帰れるだろう。
しかし彼女はそうしない。
考えてみたら、俺は知里についてまだまだ知らないし理解していない。
いつも夕方になると、ワインを飲んでいる以外は。
「そうね。しいて言えば赤ワインかな。ロンレア領でカベルネソーヴィニヨンを栽培して」
「お安い御用だ。ただ、俺は一般的な知識しかないから、ブレンド用の品種とか割合とかは門外漢だ」
「最初は単一品種でいいと思いましゅ~。赤ならメルローやカルメネール、あと白ワイン用にシャルドネもお願いしましゅ~」
皆のやりたいことが集まってきて、俺は何だかうれしくなっていた。
もっとも、ロンレア領には足を運んだことがないのでどんな気候かも分からないのだが。
「ねえアナタ。あたくしの取り分が1200万ゼニルあったでしょう。あのお金を事業のための資本に充てましょう♪」
エルマが意外なことを言いだした。
実際は皆で山分けする資金なんだけど。
それでも、彼女の普段の性格から考えたら予想外の発言だった。
「エルマ、ありがたい申し出だが……いいのかよ?」
「……あたくしは、罪滅ぼしもできないほど両親を深く傷つけてしまいましたから」
エルマは神妙な顔をして言った。
成り行きとはいえ、ロンレア夫妻にとって今回の結果は、ほぼ最悪だ。
唯一の救いが、自身の無事と、エルマが転生者である秘密を知られなかったことだけだ。
「親に顔向けできない以上、成り上がるしかありませんから♪」
俺は強くうなずいた。
「ああ。責任の一端は俺にもある」
「もう後には引けませんわ。あたくしたちは這い上がりましょう。富と名声を手にして、ロンレア家の名を世に轟かせてやりましょう♪」
「伯爵夫妻にとっては、どこまで行っても悪名だろうがな」
「世界は刻々と変わっていますわ。あたくしたちもその波の中を泳ぎ切り、身を立てるのです」
エルマの瞳が異様に輝いていた。
その迫力に、俺は少し気圧されながらも、静かにうなずいた。
現在、二分されようとしている世界。
勇者自治区による異世界改革の波と、法王庁による古い秩序……。
今のところ両者が相いれる余地はない。
転生者のエルマと被召喚者の俺。
俺たちの立場は微妙だ。
2人とも異世界人ではあるが、エルマには保守派貴族の令嬢という一面もある。
俺は勇者自治区とコネがあるけれど、必ずしもヒナちゃんの思想に賛同しているわけでもない。
「さて。どちらにせよ、地道にやっていくしかないんだけどな……」
「当家の未来は、直行さんにかかっていますからね。よろしく頼みますわよ。ア・ナ・タ♪」